泊秦淮(はくしんわい)    作:杜牧


【還暦ジジイの説明】


 「月は(すな)()む」という表現が、『下谷叢話』の中で使われている。

 どこからの引用かと調べたら、杜牧の詩「秦淮(しんわい)(はく)す」であった。


【原文】


  題: 泊秦淮

 煙籠寒水月籠沙

 夜泊秦淮近酒家

 商女不知亡國恨

 隔江猶唱後庭花


【読み下し文】


  題: 秦淮(しんわい)(はく)

 煙は寒水を()め 月は(すな)()

 夜 秦淮に泊まりて酒家(しゅか)に近し

 商女(しょうじょ)は知らず 亡国(ぼうこく)(うら)

 (こう)を隔てて()(うた)う 後庭花(こうていか)


【現代口語文】


  題: 秦淮に泊まる

 (もや)は寒々とした川を(おお)い、月の光は岸辺の砂を覆う。夜、秦淮(しんわい)で舟に泊まれば、そこは酒楼(しゅろう)の近く。

 歌姫は中にこめられた亡国の恨みも知らず、川の向こうで、今なお「玉樹後庭花(ぎょくじゅこうていか)」をうたう。



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【人物 略歴】

〇杜牧(と ぼく、西暦803年~853年、没51歳)

 チャイナ晩唐の詩人。字は牧之。号は樊川。
 本貫は京兆郡杜陵県。西晋の杜預の子の杜尹の末裔にあたる。祖父は中唐の歴史家の杜佑。
 父は駕部員外郎の杜従郁。弟は杜顗。詩人の杜荀鶴は庶子と言われる。

 晩唐の繊細な技巧的風潮を排し、平明で豪放な詩を作った。
 風流詩と詠史、時事諷詠を得意とし、艶麗と剛健の両面を持つ。
 七言絶句に優れた作品が多い。
 杜甫の「老杜」に対し「小杜」と呼ばれ、また同時代の李商隠と共に「晩唐の李杜」とも称される。
 ほか李白・韓愈・柳宗元からも影響を受けた。 


【参照】

 『下谷叢話』 永井荷風・著 岩波文庫 2000年9月14日発行 121頁 13行目


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