鄭羣贈簟(ていぐんてんをおくる)   作:韓愈


【還暦ジジイの説明】


 韓愈とは、

 鄭羣


【原文】


 鄭羣贈簟


 蘄州笛竹天下知 鄭君所寶尤瓌奇
 擕來當晝不得臥 一府傳看黄瑠璃
 體堅色淨又藏節 盡眼凝滑無瑕疵
 法曹貧賤衆所易 腰腹空大何能爲

 自從五月困暑濕 如坐深甑遭蒸炊
 手磨袖拂心語口 慢膚多汗眞相宜
 日暮歸來獨惆悵 有賣直欲傾家資
 誰謂故人知我意 卷送八尺含風漪

 呼奴掃地鋪未了 光彩照耀驚童兒
 青蠅側翅蚤虱避 肅肅疑有清飆吹
 倒身甘寢百疾愈 却願天日恒炎曦
 明珠青玉不足報 贈子相好無時衰


【読み下し文】


  鄭羣、簟を贈る


 蘄州(きしゅう)笛竹(ちくてき)は天下知る、鄭君の宝とする所、(もっと)壊奇(かいき)なり。

 携え来たり昼に当たるも臥すを得ず、一府伝え看る黄瑠璃(こうるり)

 体堅く色浄く、又節を蔵す、尽眼(じんがん)凝滑にして瑕疵(かし)無し。

 法曹は貧賤(ひんせん)にして衆の(あなど)る所、腰腹空しく大なるも何をか()く為さん。

 五月自従り、暑湿に(くる)しみ、深甑(しんそう)に坐して蒸炊(じょうすい)に遭うが如し。

 手を磨し袖を払いて 心口に語る、慢膚(まんぷ)汗多きは(まこと)に相(よろ)しと。

 日暮れて帰り来たり 独り惆悵(ちゅうちょう)し、売る有らば直ちに家資を傾けんと欲す。

 誰か(おも)わん 故人我が意を知り、八尺の含風(がんふう)()を巻いて送らんとは。

 奴を呼び地を(はら)って()かしむること未だ()わらざるに、光彩照耀して童児を驚かす。

 青蠅(せいよう)は翅を(そば)蚤虱(そうしつ)は避け、粛粛(しゅくしゅく)として清飈(せいひょう)の吹くこと有るかと疑う。

 身を倒して甘寝(かんしん)百疾(ひゃくしつ)()え、却って願う 天日の恒に炎曦(えんぎ)なるを。

 明珠・青玉も報ゆるに足らず、()に相()くして時として衰うる無きを贈らん。


【現代語訳】


 鄭侍御史に簟を贈られる


 蘄州(湖北省蘄春県)の笛竹は天下にその名を知られたものだが、

 鄭君が宝物にしている竹は特にすぐれて珍しく、美しいものだ。

 それを持って来たのはちょうど昼だったが、その上に寝ることもならず、

 黄色の瑠璃のような竹を幕府の役所じゅうの人が統々と手渡しして見入る。

 その本体は堅く色はさっぱりとしているうえに節も見えぬようになっており、

 目のとどくところはすべてつるつるとしていて悪い所が全くない。

 法曹参軍は俸禄が低いし、地位も低い職で、人々に軽く見られているようだ。

 太って腰や腹ばかりが大きくても何ができるというのだろうか。

 五月のころから暑さと湿気に悩まされるが、たとえば深い甑のなかに座って、蒸される目にあっているようなものだ。

 手をこすったり袖で払ったりして、心にあることをもらしてひとりごとをいう。

 肥満体はとかく汗をかきやすいものだとはほんとうによく言ったものだと。

 日が暮れてから家に帰ってきて一人悲しい思いにとらわれ、よい竹むしろを売るものがあれば、

 すぐに家産を傾けてもいいとさえ思うほどだ。

 ところが思いがけないことに、旧友がわたくしの気持を知って、長さ八尺の含風浹を巻いて、贈ってくれた。

 下男を呼び地面を掃いて敷かせたはじめたが、まだ敷きおわらぬうちに、美しい光が輝きだして子どもたちを驚かせた。

 青繩も羽根をひそめてよけているし、ノミやシラミは逃げだしていく。

 そよそよとした清涼風が吹いてきたのかと見まちがえるほどだ。

 からだを倒してその上に寝そべってみれば、さまざまな病気もなおってしまうだろう、これがあるなら、

 かえって太陽がいつもかんかん照りつけてほしいと願うほどだ。

 これほどの物のお返しとしては、真珠や青玉などでは返礼にならぬ。

 君にはいつまでも衰えることのない好誼を贈ることにする。


【意訳】




【語彙説明】

○簟 ・・・ シーツに似た寝具で、竹を編んで作る。夏はその上に寝ると、涼しいわけである。
○蘄州 ・・・ 湖北省武漢市の近郊の黄岡市の蘄春県方面である。
 蘄州は隋の時代に設定されたもので、二郡(斉昌郡、永安郡)三県(斉昌県・蘄水県・浠水県)を刑南節度使が治めていた。
○尤(もっと)も。
○瑰奇 ・・・ 優れて珍しい。
○擕(たずさ)える ・・・ 笛を持参してくる。
○黄琉璃・・・ 黄色の瑠璃のようである。
○體堅 ・・・ 笛の本体は堅い。
○色淨 ・・・ 色はさっぱりとしている
○又藏節 ・・・ 節も見えないようになっている。
○法曹 ・・・ 江陵の幕府での韓愈の役、法曹参軍。
○貧賤 ・・・ 俸禄が低いし、地位も低い職。
○腰腹空大 ・・・ 韓愈が太っていたことを指す。

〇甑(こしき) ・・・ 蒸し室甕。

  甑:(こしき)柾目の杉材と竹輪、及び鉄輪、ムシロ、わら縄、しゅろ縄 米を蒸す用具で、釜の上に据え猿を置き、甑布をひいて米を入れる。米を入れ終わると布を掛けムシロをのせ、蒸し米をつくる。

○惆悵 ・・・ 恨み嘆くこと。
○八尺含風漪 ・・・ 長さ八尺の風を含んださざなみという名の“竹むしろ”。
○奴 ・・・ めしつかい。捕虜。
○鋪 ・・・ 敷く。
○童兒 ・・・ 童は10歳前後で、兒はそれ以下。
○青蠅側翅 ・・・ 青繩も羽根をひそめてよけている。
○蚤虱避 ・・・ ノミやシラミは逃げだしていく。
○清飆 ・・・ 清涼風。
○甘寢 ・・・ だらっとして横になる。
○百疾愈 ・・・ さまざまな病気もなおってしまう。
○恒 ・・・ いつも。
○炎曦 ・・・ かんかん照りつけること。
○明珠 ・・・ 真珠。
○青玉 ・・・ 鋼玉石の一種。装飾品。竹、桐の別名
○贈子相好  ・・・ 君には好誼を贈ろう。


【人物プロフィール】


○韓 愈(かん ゆ、768年~824年)

 チャイナ唐代中期を代表する文人・士大夫。

 字は退之(たいし)。河南府河陽県の出身。本貫は南陽郡。

 本貫(ほんがん)・・・武家の苗字の由来となった土地。「本貫地」(ほんがんち)とも呼ぶ。


○鄭 群(ていぐん)

 殿中侍御史の肩書をもって刑南節度使裴均の幕僚として江陵に勤務していた人物である。



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