勧酒(かんしゅ)   作:于武陵


【還暦ジジイの説明】


 「さよならだけが人生だ」という句は、昭和生まれの人の中には、微かな記憶があるのではないか。

 井伏鱒二の名訳と誉れ高く、太宰治が遺作『グッドバイ』の中でこの詩に触れ、自裁(じさい)したので、広く知れ渡ったらしい。

 それにしても、「さよならだけが人生だ」とは、どう言う意味だろうか。

 挨拶には「お早よう」「今日は」「今晩は」「初めまして」「お久し振り」「さよなら」「またね」などなどある。

 その中で「さよなら」だけが、「人生」なのだ、と断定する。

 それとも、「人生」は「さよなら」だ、と、倒置法で言っているのだろうか。

 「一期一会」なんて、真反対の有名な文句もあるのに ・ ・ ・ ねえ。


【原文】


  勧酒  作:于武陵

 勧君金屈巵

 満酌不須辞

 花発多風雨

 人生足別離


【読み下し文】


 勧酒(かんしゅ)  作:于 武陵(う ぶりょう)


 君に勧む金屈巵(きんくつし)

 満酌辞(まんしゃくじ)するを(もち)いず

 花(ひら)けば風雨多し

 人生別離足る 


【現代口語訳】


 君に金杯を勧める。

 なみなみと注ぐが、遠慮はしないでくれ。

 花が咲くと雨が降り、風も吹いたりするものだ。

 人生には別離がつきものだ。


 【井伏鱒二氏の口語訳】


 コノサカヅキヲ 受ケテクレ

 ドウゾ ナミナミ ツガシテオクレ

 ハナニアラシノタトエモアルゾ

 「サヨナラ」ダケガ人生ダ


  出典:『厄除け詩集』


【拙訳】


 因に、私が意訳すると、

   まあ、呑め!

   女が他の男に走ったからって、クヨクヨするな!

   人生は所詮、サヨナラの連続さ!

 となります。(笑)


【解説】

 形式は、五言絶句。技法は、押韻は巵・辞・離。

 作詩された時代は、晩唐(西暦836~907年)。


【語彙説明】

○金屈巵(きんくつし) ・・・ 黄金で作られた取っ手のついた杯。四升入る。「巵」は「卮」の異体字。

○満酌(まんしゃく) ・・・ 杯になみなみと酒を()ぐこと。

○不須(もちいず) ・・・ 「~する必要がない」

○辞(じ)する ・・・ 辞退する。

○花発(はなひらく) ・・・ 花が開く。花が咲く。

○風雨(ふうう) ・・・ 風や雨。

○別離(べつり) ・・・ 別れ。

○足(た)る ・・・ 多い。たくさんある。


○「ハナニアラシノタトヘ」 ・・・ 「月に叢雲(むらくも)、花に風(嵐)」のことで、意味は、とかく物事には邪魔が入り易いことのたとえ。


【作者プロフィール】


○于 武陵(う ぶりょう)

  宣宗の時代に科挙に合格。高級官僚になったものの嫌気がさして、職を辞し、書物と(きん)を手に放浪生活に入りました。  後に嵩山(すうざん)山中で隠遁生活を送った。

  同じ様な話を、どこかで聞きましたね。李白でしたっけ。



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