離騒(りそう)  第三段     作:屈原


【還暦ジジイの説明】




【現代口語訳】


 離騷  作:屈原


  第三段

 私は(たちま)()せつけて君の先後に立って(たす)け、前代の聖王の足跡に追いつこうとしたのに、

 かぐわしいあなたは、私の胸中の本心を知らずに、かえって無実の悪口を信じて火のようにお怒りになった。

 私はもとより真心からの諫言(かんげん)が、身のわざわいとなることを知っているが、それを忍んでも、私は言わずにはいられない。

 九天を指さして証明として誓っていう。

 それこそすぐれて立派なあなたのためなのであります。

 あなたは夕暮を再会の時にしようといわれたのに、ああ途中で路を変えられた。

 初めに既に私と約束されたのに、後に悔いて逃れて心変りをされました。

 私はもとより捨てられて離れていることなどいといはしないけれども、

 ただ優れたあなたがしばしば心変りをなさるのが悲しいのです。


【原文】


 離騷  作:屈原


  第三段

 忽奔走以先後兮  及前王之踵武
 荃不察餘之中情兮 反信讒而怒   〔斉は代字〕

 餘固知謇謇之爲患兮 忍而不能舍也
 指九天以爲正兮   夫唯靈脩之故也

 曰黄昏以爲期兮  羌中道而改路
 初既與餘成言兮  後悔遁而有他
 餘既不難夫離別兮 傷靈脩之數化


【読み下し文】


 離騷  作:屈原


  第三段

 (たちま)奔走(ほんそう)して以て先後し、前王の踵武(しようぶ)に及ばんとす。

 荃余(せんよ)中情(ちゆじやう)を察せず、(かへ)つて(ざん)を信じて(せいど)す。


 余固(よもと)より謇謇(けんけん)(うれひ)()すを知るも、忍んで()(あた)はざるなり。

 九天(きうてん)(ゆびさ)して以て(せい)()す、()唯霊脩(ただれしう)(ゆゑ)なり。


 黄昏(くわこん)(もつ)て期と()さんと()ひ、(ああ)中道にして(みち)(あらた)む。

 初めに既に()(げん)()ししも、(のち)()(のが)れて他有(たあ)り。

 余既(よすで)()の離別を(はばか)らず、霊脩(れいしう)數々化(しばしばかは)るを(いた)む。


【概略】


 奔走して君を善導しようとしたが、君は霊均の中情を察せず、讒言を信じて怒った。

 忠諫が、とがめを招くことを知りながらも、やめることができない。

 天に誓って、ただ君のために忠誠を尽くすだけであった。

 霊均は退けられるのをいやだとは思わない。

 ただ君王の心変わりを残念に思うだけである。


【語彙説明】

〇先後 ・・・ 先になり後になってたすける。忽は一に急に作る。

〇及前王之踵武 ・・・ 前代の聖王の足跡に追いつこうとする。踵武は二字ともに足跡。及は追いつく。前王は三后や堯舜。

〇荃 ・・・ 音セン、またはソン。愛好する人を意味する。ここでは美人、君主(懐王)を喩える。

〇不察 ・・・ 明らかに見ない。

〇中情 ・・・ 真情。

怒 ・・・ 一に斉怒に作る。火のように怒る。

 ・・・ 原文は「斉」の字ではなく、中に「火」の字が入る。WEB辞書にないので、画像で示します。

 

〇謇謇 ・・・ 蹇蹇に同じ。口に言い悩む。言いづらいことを言うのが本義。

〇忍而不能舎也 ・・・ 感情を押さえ忍んで、義として言わずにはいられない。舎はやめるの意味。

〇指九天以為正 ・・・ 天に中央と八方の天あり、九天は天の総称。正は証明、あかし。証人。「指✕✕✕正」は誓辞の句法。

〇夫唯霊脩之故也 ・・・ 霊脩はすぐれて徳の高いこと。霊は神、脩は善、賢。神聖に同じ。君王をさす。それこそ神聖な君主のためのみである。

〇曰黄昏以為期兮 ・・・ 黄昏はたそがれ、夕暮れ。期と為すは、会う約束の時刻ときめる。

〇羌 ・・・ 嘆字「ああ」。

〇中道 ・・・ 途中。

〇言を成す ・・・ 約束する。

〇後悔遁而有他 ・・・ 後に悔いて逃れて他心がある。心変わりしたの意味。遁は隠と注し、逃げ隠れる義。

〇難 ・・・ はばかる。いやがる。

〇夫離別 ・・・ 一本に夫字がない。

〇数化 ・・・ しばしば変る。化は変易する。節操がないこと。



【参考文献】

 『新釈漢文大系』 第81巻  「文選(賦篇)下」   著者・高橋忠彦  発行・明治書院


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