離騒(りそう) 第二段 作:屈原
【還暦ジジイの説明】
【現代口語訳】
離騷 作:屈原
第二段
あなたは美しいものを手に取り、穢れたものを棄てようとはなさらない。
なぜこの態度を改めないのですか。
千里の馬に乗って思う存分に馳せて、さあ私がその先導を致しましょう。
昔三王の徳の至って美しくすぐれていたことよ。
まことに多くの芳しい徳ある臣下が仕えていたわけである。
申椒(はじかみ)や菌桂(かつら)の香木もまじっていて、どうしてただあの蕙草やよろいぐさなどの香草を綴るだけであろうか。
すぐれた人材がいたのであった。
また、あの聖天子堯舜の徳行の輝かしく大きなことよ。
もとより彼らは道理に従って政治の途は正しかった。
夏の桀王や殷の紂王の何としまりなく乱れた行迹よ。
それこそ近道ばかりを急ぎ歩んだのである。
あの徒党の人々のかりそめな楽しみにふけっていることよ。
それ故にこそ道は隠れて明らかでなく、そしてけわしくせまいのである。
どうしてわが身の罪禍を忌み憚りましょう。
ただあなたの御車の覆るのを恐れるのであります。
わが君が失敗されるかも知れぬと、それだけが心配です。
【原文】
離騷 作:屈原
第二段
不撫壯而棄穢兮 何不改乎此度也
乘騏驥以馳騁兮 來吾道夫先路也
昔三后之純粹兮 固衆芳之所在
雜申椒與菌桂兮 豈維紉夫蕙茝
彼堯舜之耿介兮 既遵道而得路
何桀紂之猖披兮 夫唯捷徑以窘歩
惟夫黨人之偸樂兮 路幽昧以險隘
豈餘身之憚殃兮 恐皇輿之敗績
【読み下し文】
離騷 作:屈原
第二段
壯を撫して穢を棄てず、何ぞ此の度を改めざるや。
騏驥に乘りて以て馳騁し、來れ吾夫の先路を道かん。
昔三后の純粹なる、固に衆芳の在る所。
申椒と菌桂とを雜ふ。豈維夫の蕙茝を繋ぐのみならんや。
彼の堯舜の耿介なる、既に道に遵ひて路を得たり。
何ぞ桀紂の猖披なる、夫れ唯捷徑を以て窘歩せり
惟夫れ黨人の偸樂する、路幽昧にして以て險隘なり
豈餘が身之れ殃を憚らん。皇輿の敗績を恐るるなり。
【要約】
美人(君主)が善を取り、悪を捨てないことをなじり、自分が先導して、聖王の道に引き入れようという。
古代の聖王三后の徳が善美であったからこそ、衆賢人がその人に集まったのであり、堯舜は光大な徳を以て道を得、
桀紂は近路を急ぎ歩いたので失敗した。
党人は安楽をぬすみ、そのための世道は暗い。
自分は身の禍を顧みず、ただ君国の崩壊を恐れる。
【語彙説明】
〇不撫壮而棄穢 ・・・ 美人(君主)の態度をいう。「壮を撫す」は「壮を持す」と同じ。美しいものを取り、穢れたものを棄てることをしない。壮は善美、美盛の意味。古くは壮に通じた。穢れは汚れたもの。君主が善美なことを取り、濁悪を捨てることをしない。
〇何不改乎此度也 ・・・ なぜこの態度を改めないのか。
〇乘騏驥 ・・・ 千里の馬に乗る。騏驥は霊均自身の才能を喩えて言う。
〇馳騁 ・・・ 思う存分に駆けさせる。才能を十分に発揮する。
〇来吾道夫先路也 ・・・ いざその先導をしよう。君主を古代の聖王の道に引き入れようという。道は導く。
〇三后 ・・・ 三王のこと。后は君。夏の禹王、殷の湯王、周の文王・武王。
〇純粋 ・・・ 徳行の精美なこと。
〇衆芳 ・・・ 多くの香のよい花。衆賢人を喩えていう。
〇申椒 ・・・ はじかみ。山椒の一種。
〇菌桂 ・・・ 箘桂が正しい。花白く蕊の黄色な香木。申椒と共に優れた人材を喩えていう。
〇蕙茝 ・・・ 蕙草とよろいぐさ。ともに香草。これも善良な人物の比喩。
〇耿介 ・・・ 志操のかがやかしく立派なこと。
〇桀紂 ・・・ 夏の桀王と殷の紂王。共に暴君で国を亡ぼした。
〇猖披 ・・・ 衣を被(打ちかけ)て、帯をしないさま。乱れてしまりのないことをいう。
〇捷径 ・・・ 近道。
〇窘歩 ・・・ 窘は急、急いで歩む。
〇党人 ・・・ なかまを組んで助け合って悪事を隠す人々。
〇偸樂 ・・・ かりそめの楽しみをする。偸は盗、本来得べきでない楽しみをする。
〇幽昧 ・・・ 暗い。道理が明らかでない。
〇険隘 ・・・ けわしくせまい。
〇余身 ・・・ 自分一身。
〇憚殃 ・・・ とがめをはばかりいやがる。殃は咎、禍。
〇皇輿 ・・・ 皇は君、輿は車。君の乗り物をもって国家を喩える。
〇敗績 ・・・ これまでの績(功)をやぶり、だめにする。ここでは車のくつがえることをいう。
【参考文献】
『新釈漢文大系』 第81巻 「文選(賦篇)下」 著者・高橋忠彦 発行・明治書院