『金色夜叉』(こんじきやしゃ) その27 ―― ミヤの躊躇い <女ごころ> ――
【還暦ジジイの解説】
貫一は、宮のことを「ミイさん」と呼んでいる。これが原文。
ところが、書籍の中には「ミヤさん」と呼んでいるものがある。
これは!絶対!いけません!
アニメ『あしたのジョー』で、白木葉子が「ジョー!」と叫ぶようなもの。
許せない!!
でしょう?(笑)
「矢吹君!」(やぶきくん!)
ですもんね(笑)
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【現代口語訳】
前編 第四章 〔その27〕
「(僕とミイさん)二人の事は荒尾より外に知る者は無いのだ。荒尾が又決して喋る男じゃない。
それがどうして知れたのか、皆が知っていて・・・僕は実に驚いた。四方八方から祝盃だ祝盃だと、
十も二十も一度に猪口を差されたのだ。
祝盃などを受ける覚えは無いと言つて、手をひっこめていたけれど、なかなか皆聞かないじゃないか」
ミヤはひそかに笑みを帯びて余念なく聞いていた。
「それじゃ祝盃の主意を変えて、仮初にもああいう美人と一所に居て寝食を共にするというのが既に羨ましい。
そこを祝すのだ。次には、君も男なら、更に一歩を進めて、妻君になるやうに十分運動したまえ。
十年も一緒に居て、今さら人にとられるような事があったら、ひとり間貫一一個人の恥辱ばかりではない、
我々朋友全体の面目にも関する事だ。我々朋友ばかりではない、ひいて高等中学の名折にもなるのだから、
ぜひあの美人を君が妻君にするように、これは我々が心を一つに結んで神に祈った酒だから、
辞退するのは礼ではない。受けなかったら却って神罰があると、からかいとは判っているけれど、
言い草が面白かったから、片っ端から引受けて、ぐいぐいやっつけた。
ミヤさんと夫婦になれなかったら、はははははは高等中学の名折になるのだと。
恐れ入ったものだ。何分よろしく願います」
【原文】 註:旧かな遣い、正漢字。ルビは参照文献のまま。
前編 第四章 〔その27〕
「二人の事は荒尾より外に知る者は無いのだ。荒尾が又決して喋る男ぢやない。
其が如何して知れたのか、衆が知つて居て・・・・僕は實に驚いた。
四方八方から祝盃だ祝盃だと、十も二十も一度に猪口を差されたのだ。
祝盃などを受ける覺えは無いと言つて、手を引籠めて居たけれど、なかなか衆聽かないぢやないか。」
宮は竊に笑みを帶びて餘念なく聽き居たり。
「それぢや祝盃の主意を變へて、假初にも那云ふ美人と一所に居て寢食を倶にすると云ふのが既に可羨い。
そこを祝すのだ。次には、君も男兒なら、更に一歩を進めて、妻君に爲るやうに十分運動したまへ。
十年も一所に居てから、今更人に奪られるやうな事があつたら、獨り間貫一一個人の恥辱ばかりではない、
我々朋友全體の面目にも關する事だ。我々朋友ばかりではない、延いて高等中學の名折にもなるのだから、
是非彼の美人を君が妻君にするやうに、是は我々が心を一にして結の神に禱つた酒だから、
辭退するのは禮ではない。受けなかつたら却つて神罰が有ると、弄謔とは知れて居るけれど、
言草が面白かつたから、片端から引受けて呷々遣付けた。
宮さんと夫婦に成れなかつたら、はゝはゝはゝ高等中學の名折になるのだと。
恐入つたものだ。何分宜く願ひます。」
【意訳】
前編 第四章 〔その27〕 ―― ミヤの躊躇い <女ごころ> ――
「僕とミイさんの事は、荒尾より外に知る者は無いのだ。
それがどうして知れ渡ったのか、四方八方から祝盃だ祝盃だと、皆から猪口を差されたのだ。
祝盃を受ける覚えは無いと言って、手をひっこめていたけれど、皆聞かないんだ」
「それじゃ祝盃の主意を変えよう。まず第一に、ああいう美人と寝食を共にしているのが羨ましい。
次には、彼女を妻にしろ。十年も一緒に居て、今さら人に取られるような事があったら、間貫一個人の恥ばかりではない、
我々友達全体の面目にも関わる。そればかりじゃない、高等中学の名折にもなる。
だから、ぜひあの美人を妻君にしろ!だからこれは、神に祈った酒だから、辞退するな!
辞退すれば神罰が下るぞ!、と、冗談だとは判っているけれど、面白かったから、ぐいぐいと呑んでやった。
はははは、なので、何分よろしくお願いします」
【語彙解説】 註:緑色文字は新かな遣い、新漢字。
〇竊/窃(ひそか)に ・・・ こっそり。ひそかに。秘密に。
〇假初/仮初(かりそめ)にも ・・・ (あとに打消しの語を伴って)打消しの意味を強める語。決して。仮にも。
〇男兒/男児(をとこ/おとこ) ・・・ おとこ。男性。また、立派な男。ますらお。男子。
〇弄謔(からかひ/からかい/ろうぎゃく) ・・・ 冗談を言ったりいたずらをしたりして、相手を困らせたり、怒らせたりして楽しむ。
〇呷々遣付(ぐひぐひやッつ/ぐいぐいやっつ)けた ・・・ (差し出された酒を)グイグイ呑むこと。