短歌行(たんかこう)   作:曹操


【還暦ジジイの説明】

 『三國志演戯』では曹操が「赤壁の戦」に臨んで酒を飲みながら唄い、出陣を祝う設定になっているが、

 実は、人材登用の(うた)で、この場面に相応しくない。

 無理矢理、彼のヒット曲を()め込んだ、みたいなものだろう。

 新卒採用の会社説明会で社長が学生達を前に演説するに相応しい(うた)である。

 しかし、「古今で最も優れ、空前絶後の傑作である」と司馬懿仲達(しばいちゅうたつ)が評した程の名作であることに違いなく、

 曹操の博学明晰を語るに外せない。

 特に出だしの

  「酒に(むかえ)ば、(まさ)に歌ふべし。人生 幾何(いくばく)ぞ」

 は、二千年後の今も(なお)吞兵衛(のんべえ)に愛用される名文句である。(笑)


 なお、「赤壁の戦」で曹操は、洞庭湖で造船と水上戦の訓練を行っている。

 洞庭湖は、チャイナの戦国史と文学史の上で必須の知識の一つである。


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 以下、原文を「原文1」~「原文4」に分割し、「読み下し文」と「現代口語訳」「解説」を付けました。


 【原文1】


  短歌行  作:曹操孟徳


 對酒當歌 人生幾何

 譬如朝露 去日苦多

 慨當以慷 幽思難忘

 何以解憂 惟有杜康


【読み下し文1】


  短歌行(たんかこう)  作:曹操孟徳(そうそう もうとく)


 酒に(むかえ)ば、(まさ)に歌ふべし。人生 幾何(いくばく)ぞ。

 (たとえ)へば朝露(あさつゆ)の如し。()り行き日日は(はなは)だ多し。

 (がい)して(まさ)(もっ)(こう)すべし。幽思(ゆうし)忘れ難し。

 何を以てか憂ひを解かむ。()杜康(とこう)有るのみ。


【現代口語訳1】


 酒を前にして歌おうではないか。人生など短いもの。

 たとえば朝露の如く。日月は速やかに過ぎ去る。

 慷慨して鬱憤を晴らそうとするが、心にわだかまった思いは忘れようもない。

 どうしたらこの憂いを解くことができようか、ただ酒があるのみだ。


【語彙説明1】


〇對酒當歌 ・・・ 酒を前にして大いに歌うべきだ。

〇人生幾何 ・・・ 人生がどれほどのものだろう。

〇慨 ・・・ 高ぶること。

〇慷 ・・・ 嘆くこと。

〇幽思難忘 ・・・ 「幽」は「憂」と同じ。憂いの気持ちは忘れがたいものである。

〇杜康 ・・・ 酒を発明した伝説上の人物、転じて酒の異称。


【原文2】


 青青子衿 悠悠我心

 但爲君故 沈吟至今

 呦呦鹿鳴 食野之苹

 我有嘉賓 鼓瑟吹笙


【読み下し文2】


 青青(せいせい)たる()(えり)悠悠(ゆうゆう)たる我が心。

 ()だ君が(ため)(ゆえ)に、沈吟(ちんぎん)して今に至る。

 呦呦(ゆうゆう)と鹿は鳴き、野の(よもぎ)(くら)ふ。

 我に嘉賓(かひん)有らば、(しつ)()(しょう)を吹かん。


【現代口語訳2】


 青い襟の学生諸君よ、私の心は悠々として、

 君たちを待ち望みながら、これまで沈吟してきたのだ。

 鹿は幼幼と鳴きながら、野の苹を食う。

 そのように私に良き賓客があるならば、瑟を鼓し笙を吹いてもてなそう。


【語彙説明2】


〇青青子衿・・・青々したあなたの襟。学生服。曹操は学生に向けて呼びかけている。

〇悠悠・・・はるかに離れていく。

〇沈吟・・・思いにふける。静かに歌う。

〇呦呦・・・鹿の啼声の擬音。

〇野之苹・・・野のヨモギ。

〇嘉賓・・・すばらしい客。

〇鼓瑟・・・瑟は大琴。楽器。鼓は奏でること。


【原文3】


 明明如月 何時可掇

 憂從中來 不可斷絕

 越陌度阡 枉用相存

 契闊談讌 心念舊恩


【読み下し文3】


 明明(めいめい)たること月の如きも、(いず)れの時か()()けんや。

 憂ひは中より来たる。断絶すべからず。

 (はく)を越へ(せん)(わた)り、()げて()って(あい)(そん)す。

 契闊談讌(けいかつだんえん)し、心に旧恩(きゅうおん)(おも)はむ。


【現代口語訳3】


 月の光は明るく照らすが、それを手にすることはできぬ。

 憂いが心中から沸き起こって、断ち切ることができぬ。

 だが君は陌を越え阡を度り遠路はるばるやってきてくれた。

 久しぶりに談笑して、昔の誼をあたため直そう。


【語彙説明3】


〇何時可採・・・人材登用への意欲を言っている。

〇憂從中來・・・憂いは心の中から起こってくる。

〇越陌度阡・・・「陌(はく)」は東西のあぜ道。「阡(せん)」は南北のあぜ道。

〇枉用相存・・・「枉」はムリをして。「用」は「もって」。「相存」は訪問して、見舞って。あえて面接を受けにきてくれて嬉しいという話。

〇契闊・・・久闊を叙す。久しぶりに会うこと。

〇談讌・・・語らいながら酒盛りをする。

〇舊恩(旧恩)・・・昔の誼(よしみ)。


【原文4】


 月明星稀 烏鵲南飛

 繞樹三匝 何枝可依

 山不厭高 海不厭深

 周公吐哺 天下歸心


【読み下し文4】


 月、(あき)らかに星、(まれ)に、烏鵲(うじゃく)南に飛ぶ。

 (じゅ)(めぐ)ること三匝(さんそう)(いず)れの枝にか()るべき。

 山は高きを(いと)はず。海は深きを厭はず。

 周公は()を吐きて、天下(てんが)心を()せり。


【現代語訳4】


 月明らかに、星、稀な夜、烏鵲が南に飛ぼうとして、

 木を三度まわり、どの枝に止まろうかと迷っている。

 山は高いほどよく。海は深いほどよい。

 周公は食べかけのものを吐き出して客人を迎え、

 人々もその意気に感じたというではないか。(ぜひ私のもとに留って欲しい)


【語彙説明4】


〇烏鵲・・・カササギ。

〇三匝・・・「匝(そう)」はひとめぐり。三度周(まわ)った意味。

〇何枝可依・・・どの枝に留まろうか。任官を求めてきた有為の士が、曹操のもとに来てくれることを期待している。

〇周公吐哺・・・古代周の聖人、周公旦が人材登用に熱心で、食べかけの食物を吐き出してまで人に会った故事に基づく。


【人物プロフィール】

〇曹操(そうそう、西暦155年~220年、没65歳)

  三国時代、魏の始祖。沛(はい)国(こく)譙(しょう)
  安(あん)徽(き)省)の人。字(あざな)は孟徳(もうとく)。幼名は阿瞞(あまん)。

  184年、黄巾の乱を平定して名を挙げ、196年、献帝を擁して丞相となった。
  200年、「官渡の戦」で袁紹を破り、華北を統一した。
  208年、「赤壁の戦」に敗れ、魏・呉・蜀の三国が併存することとなった。
  216年、魏王に封ぜられた。死後、武帝と称された。


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