酒徳頌(しゅとくのしょう) 作:劉伶(りゅうれい)
【還暦ジジイの説明】
劉伶は、おかしな男である。
現代人の目には、唯の泥酔漢の低能にしか映らない。
孔子と比べれば、雲泥の差がある。
どうも、漢文の読み書きが出来ることは、現代なら、三ケ国語の読み書き会話が出来るに等しいのだろうか。
大学教授や弁護士並みに尊敬された様だ。
この泥酔漢は、「竹林七賢」の一人に数えられた。
彼らは、老荘思想を支持し、儒教を痛烈に批判していた。
則ち、孔子を批判し、礼教を否定していた。
まあ、現代で言えば、政府を批判する様なものだ。
チャイナや韓国なら逮捕監禁。北朝鮮なら銃殺。ロシアなら暗殺される。
命を狙われかねない。
だから、泥酔漢を装って、その難を避けたのだろう、と、今になって解る。
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あっ!!
そう言えば、同じ奴が居た!!
三国時代の曹操の三男・曹植である。
曹植は、長男・曹丕から命を狙われるのを避ける為に、毎日、友人と飲み明かし、泥酔漢を装っていた。
今の今まで、私も騙されていた。
唯一、司馬懿仲達だけが、曹植の聡明さを見抜いていたのだ。
登場人物の「大人先生」とは、劉伶自身のことである。
「貴介公子」とは、身分の高い人のこと。ここでは「孔子」を捩ったものかも。
「縉紳處士」とは、名教世界の紳士。名教とは儒教の教えのこと。
要するに、この一文は、儒教を揶揄した劉伶の名刺代りである。
【現代口語訳:意訳】
酒の功徳をたたえる 劉伶
大人先生曰く。
天地開闢も一日。万年も瞬時。太陽は戸口。月は窓。
世界の果てまで、我家の庭。
決まった道を歩かず、同じ所に住わず。
大空は屋根、大地は床。気儘に暮らしていた。
家では一日中酒を切らさず、出かけるときは酒甕を持ち歩く。
唯一、酒にしか興味がなかった。
ある日、(礼教を重んじる)二人の男が、先生の品定めをし始めた。
それを聞いた先生、勇んで駆けつけ、大いに憤慨し、(礼教について)鋭く論難した。
ところが先生、呑みながら怒鳴たので、酔いが早く回った。
とうとう、両足を投げ出し、酒樽を枕にし寝転んでしまった。
その姿は、なんとも楽しげであった。
酔っ払っていたかと思えば、突然目を覚まし、何も耳に入らず、何も目に入らない。
肌を刺す寒さも、目の眩む大金や名利にも何ら動じず。
世間が乱れ騒ごうとも、まるで長江の浮き草の如し。
とうとう(礼教を重んじる)二人の男も、いつの間にやら同じ泥酔漢に成っていた。(笑)
【原文】
酒德頌 劉伶
有大人先生。
以天地爲一朝、萬期爲須臾、日月爲扃牖、八荒爲庭衢。
行無轍迹、居無室廬、幕天席地、縱意所如。
止則操巵執觚、動則挈榼提壺、唯酒是務、焉知其餘。
有貴介公子縉紳處士。聞吾風聲、議其所以。
乃奮袂攘襟、怒目切齒、陳説禮法、是非鋒起。
先生於是方捧甖承槽、銜杯漱醪、奮髯踑踞、枕麴藉糟、無思無慮、其樂陶陶。
兀然而醉、豁爾而醒。靜聽不聞雷霆之聲、熟視不覩泰山之形。
不覺寒暑之切肌、利欲之感情。
俯觀萬物擾擾、焉如江漢之載浮萍。
二豪侍側、焉如蜾蠃之與螟蛉。
【書き下し文】
大人先生有り。
天地を以て一朝と為し、萬期を須臾と為し、日月を扃牖と為し、八荒を庭衢と為す。
行くに轍迹無く、居るに室廬無し。天を幕とし地を席とし、意の如く所を縦にす。
止まれば則ち巵を操り觚を執る。動けば則ち榼を挈げ壺を提げる。
唯だ酒をのみ是れ務め、焉んぞ其の餘を知らんや。
貴介公子、縉紳處士有り。吾が風聲を聞き、其の所以を議す。
乃ち袂を奮ひ襟を攘ひ、怒目切齒し、禮法を陳説し、是非鋒起す。
先生、是に於て方に甖を捧げ槽を承け、杯を銜み醪を漱り、奮髯踑踞し、麴を枕とし、
糟を藉とし、思無く慮無く、其の樂しみや陶陶たり。
兀然として醉ひ、豁爾として醒む。靜聽して雷霆の聲を聞かず、熟視するも泰山の形を覩ず。
寒暑の肌に切なる、利欲の情を感ぜしむるを覺えず。
萬物の擾擾たるを俯觀するに、焉んぞの江漢の浮萍を載するに如かん。
二豪の側に侍すること、焉んぞ蜾蠃の螟蛉に與けるに如かん。
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【語彙説明】
〇須臾(しゅゆ)・・・ほんの一瞬。
〇日月(じつげつ)・・・太陽と月。
〇扃牖(けいゆう)・・・かんぬきと、まど。門のこと。
〇八荒(はっこう)・・・国の八方の果て。国の隅々。八極。
〇庭衢(ていく)・・・庭や、四つ辻。
〇轍迹(てっせき)・・・ 車輪のあと。わだち。
〇室廬(しつろ)・・・いえ。家屋。
〇巵(し)・・・お酒を飲む容器。四升入りの大きいさかずき。
〇觚(こ)・・・二升入るさかずき。
〇榼(たる)・・・たる。さかだる。酒を入れる容器。
〇挈げる(さ‐げる)・・・ひっさげる。持つ。手にさげて持つ。
〇兀然(こつぜん)・・・知らぬ間に。
〇豁爾(かつじ)・・・ひろびろとひらけたさま。 酔いや眠りなどからさめて、さっぱりするさま。
〇雷霆(らいてい)・・・かみなり。いかずち。