『洞庭湖に遊ぶ』 五首全文  作:李白


【原文】


陪族叔刑部侍郎曄及中書舍人賈至游洞庭 五首

 盛唐 李白

其一 洞庭西望楚江分 水盡南天不見雲 日落長沙秋色遠 不知何處弔湘君

其二 南湖秋水夜無煙 耐可乘流直上天 且就洞庭賖月色 將船買酒白雲邊

其三 洛陽才子謫湘川 元禮同舟月下仙 記得長安還欲笑 不知何處是西天

其四 洞庭湖西秋月輝 瀟湘江北早鴻飛 醉客滿船歌白苧 不知霜露入秋衣

其五 帝子瀟湘去不還 空餘秋草洞庭間 淡掃明湖開玉鏡 丹青畫出是君山


【読み下し文】


族叔刑部侍郎曄及び中書舍人賈至に陪して洞庭に游ぶ 五首
(ぞくしゅくけい-ぶじろう-よう-および-ちゅうしょしゃじん-かしに-ばいして-どうていに-あそぶ)


その一  洞庭西望(どうていせいぼう)楚江(そこう)分る  水尽くる南天雲を見ず

 日落ち長沙秋色遠く 知らず何れのところにか湘君を弔ふ


その二  南湖秋水夜無煙(なんこしゅうすいよるむえん)  むしろ流れに乗じて直ちに天に上るべし 

 しばらくは洞庭に就き月色を(しゃ)して  酒を買って白雲のほとりに船ゆかん


その三  洛陽の才子湘川(しょうせん)(たく)せられ  元礼(げんれい)舟を同じくする月下の仙

 記し得たり長安に還りて笑はんと欲す  知らず何れのところかこれ西天


その四  洞庭湖西(どうていこせい)秋月(しゅうげつ)輝き  瀟湘江北(しょうしょうこほく)早おおとり飛ぶ

  酔客船に満ちて白苧(はくちょ)を歌ひ  知らず霜露(そうろ)秋衣(しゅうい)に入るるを


その五  帝子(ていし)瀟湘に去って還らず  秋草空しく余す洞庭の間

  淡掃明湖(たんそうめいこ)玉鏡(ぎょくきょう)を開き  丹青(たんせい)画き出すこれ君山(くんざん)


【現代口語訳】


刑部侍郎である親戚の李曄叔父と中書舎人である賈至氏に供して洞庭湖に遊んだ際の五首


その一 (船を出して)洞庭湖、西を望むと長江が分かれ流れゆき、(目を転じると)水の果ての南天には雲ひとつとてない。

  日が落ちて遠く長沙のあたりは秋色深く、湖上茫漠として湘君をどこに弔うか見当もつかないのである。


その二 船を進めて南湖の秋夜、霧も靄もなく澄みきって清々しく、流れに乗ってこのまま天上に昇ろうかとさえ思う。

  (いい雰囲気ではないか)しばらくは洞庭湖に耽り、月光を肴として酒を求め、船を白雲のほとりに進めようではないか。


その三 昔むかし洛陽の才人と謳われた賈誼は湘川に流され、剛直の李元礼も船上から月下に同じき光景を見たのである。

  忘れるはずもない長安に戻って笑いたいと思うが、極楽浄土がどこにあるのかわかるはずもない。


その四 洞庭の湖西に秋月が輝いている。(南の空かなた)瀟水が合する湘江の北に早くもしらとりの空駆けるを見る。

  船に満ちる客は酔って(民謡の)白紵の詞を歌って陶然となり、秋の夜の霜や露が衣に染み渡ることも気づかないのである。


その五 古の世、聖帝の皇女は瀟湘の水景のなかに姿を没し、いま洞庭湖の岸には秋草がむなしく揺れるばかりである。

  淡く刷かれた湖の面は明るい鏡のように静かで、錦繍に彩られた君山を映して絵のように美しい。


【語彙説明】


〇刑部侍郎(けいぶじろう)・・・刑部は唐代の官制では尚書省に属する六部(吏・戸・兵・礼・刑・工)の一つで刑罰と司法を司る。

 長官は正三位の尚書で次官が正四位上の侍郎である。なお刑部省(ぎょうぶしょう)とは我が国律令の八省の一。

〇中書舍人(ちゅうしょしゃじん)・・・中書省は門下省及び尚書省とともに唐代官制の三省の一で詔勅の立案起草を担当する。

 (門下がこれを審査し、尚書が宣布と執行にあたる)。長官は令、次官が侍郎、次官補が正五位の舍人となる。

〇楚江・・・楚を流れる大河である、長江。

〇長沙・・・湖南省の省都。周代から続く古都。洞庭湖の南、湘江下流東岸に位置する。人口650万。

〇湘君・・・帝尭の娘で帝舜の后と妃となった娥皇と女英の二人姉妹のこと。

  帝舜の死を悲しんで湘江に身を投げて死し、湘江の女神となった。湘妃、湘娥ともいう。

〇賖(シャ)・・・代金後払いで買ったり売ったりする。ツケ買い、ツケ売り。割賦。

〇洛陽才子・・・前漢の賈誼(かぎ)(前200~168年)前漢の政治思想家、文章家。
  前178年、長沙王の太傅として左遷され、前174に戻る。

〇元禮・・・李膺(りよう)(?~169)、字は元礼。後漢の政治家、学者。硬骨漢として知られる。
  党錮の禁で死す。その際「事不辭難 罪不逃刑 臣之節也 吾年已六十 死生有命 去將安之」
  (事に難であって辞せず、罪に刑されて逃げざるは臣下の節なり。われ年すでに六十、死生命あり、
  去ってまさにいずくにゆくべきや)といって罪に就いた。

〇月下仙・・・月に住む美女である嫦娥(じょうが)。弓の名人羿(げい)の妻で、夫が西王母からもらった
  不老不死の霊薬を盗んで飲み月に逃げたといわれる(嫦娥奔月)。月の異称。
 記得(きしえたり)・・・はっきりと覚えている。

〇西天・・・極楽浄土。西方十万億土にある阿弥陀如来の浄土のこと。

〇瀟湘(しょうしょう)・・・チャイナ湖南省を北流する湘江とその支流である瀟水、また二河の合流する洞庭湖南部。
  古くから風光明媚な水郷地帯として有名。湖南省全体を指す場合もある。
  湘君伝説の地でもあり「瀟湘八景」は伝統的な画題として東洋美術に大きな影響を与えてきた。
  八景とは瀟湘夜雨、平沙落雁、煙寺晩鐘、山市晴嵐 、江天暮雪、漁村夕照、洞庭秋月及び遠浦帰帆。

〇鴻・・・おおかも、おおかり。黄鵠、白鳥のこととも。

〇白苧・・・白紵の詞または曲とも。長江の南(江南)呉地方の民歌という。

〇帝子・・・堯の娘。娥皇と女英。湘君におなじ。

〇淡掃(たんそう)・・・薄化粧。淡粧(たんしょう)におなじ。

〇丹青・・・赤と青。絵の具、色彩。絵画のこと。

〇君山・・・洞庭湖の湖中の島。今は岸とつながっているが、伝説にちなむ多くの旧跡が残る。


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