その100 詩筵(しえん) 2025.1.18
明治時代、知識層は武家の家系である。
そして、驚くことに医師が多い。
江戸時代は「文武両道」と言ったが、明治時代以降は「文医両道」なんじゃあないか、と、思うほどだ。
例えば、森鴎外も軍医だった。
明治時代、文人たちは、
「詩筵」とは、「詩宴」と同じ、「詩を
詩仏が七十歳で亡くなったとき、沈山は
背景にある伝奇「
すると、病気療養中の友人から、こんな一文が届いた。
君と
私は、知らなかった。
『
私には過分の誉め言葉だが、理解するのに、ネットで約4時間かかった。
もし、十数年前なら調べるのに4時間では済まない。図書館へ通い、恐らく、3日間以上かかったに違いない。
この調べている時間は、楽しかった。
しかし、明治の知識人は、詩筵の場で、
パソコンや辞書を片手に参加しているのではない。(笑)
膨大な知識量――四書五経を始め
現代の我々は、居酒屋で、三国志やら日本の戦国時代やら、友人と口角泡を飛ばすのが、精一杯だ。
それを即興の漢詩で語り合えたとしたら・・・
どんなに愉快だろうか。
その上、暗号解読みたいなものだから、きっと、ワクワクするに違いない。
沈山詩仏に遥か及ばないが、その一端を、ちょっぴり味わった心持ちだ。
明治時代、文人が詩筵を好んで催した理由が、少し解ったような気がする。
【解説】
「君と
意味:十年かけて勉強したり、読んだ書より、君と一晩語りつくしたほうがずっといい。
追記:『酔古堂剣掃』は、
一夕話とは、ある
この人とまた逢いたい、そして
出典:『酔古堂剣掃』(すいこどうけんそう) 第二巻「情」
チャイナ明朝末の陸紹珩(字は湘客)が古今の名言嘉句を抜粋し、収録編纂した編著。
書名は本来の書名「剣掃」に、陸家の堂(多くの人が集まる建物)の名「推古堂」を合わせたもの。