春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)

 18歳未満入室禁止です!(笑)


 私流の現代口語訳 全文(1)

 《著者》

先日、古本を虫干ししていたら、二三の面白い書き付けを見つけたので暑さ(しの)ぎに清書した。

その中の『襖の下張』と名付けた淫文(いんぶん)一篇も、老年の楽しみとして残した。

大地震(おおじしん)のちょうど一年目に当たる日に、金阜山人が麻布にて(しる)す」とある。


(この春本をどこで見つけたか、と言うと、)

 《山人》

ある所に、久しく売家の札が貼られた待合茶屋があった。

その待合は大通りから逸れた横町にあり、往来の片側に大きな間口で表通りから良く見える場所に建っていた。

立地は良いのだが、改正された待合規制に抵触し、代がかわれば二度と営業許可が下りないという噂が立った。

その為、申し分のない立派な家なのだが、買い手がつかなかった。

金阜山人こと私は、通り掛りに何となく中を覗き、家の造り、小庭の様子をひと目見るなり無闇(むやみ)()れ込んでしまい、

早速買い取って、少し修繕した。

その折、母屋から濡縁(ぬれえん)づたいの四畳半の襖の下張に、何やら一面に書き綴った古紙を見付けた。

どんな写本の切れ端なのだろうと、私は、経師屋(きょうじや)から奪い取った水刷毛(みずはけ)を遣って一枚一枚(はが)しながら読んでいくと、驚嘆せずには居れない内容だった。


はじめの方は千切(ちぎ)れて失われている。


 【解説】

 著者(永井荷風)、金阜山人、古人(主人公)の3者が入れ子構造で話が構成されており、
 話し手を、それぞれ、《著者》、《山人》、《主人公》 と小文字で示す。
 話の大半は「古人」の主人公であり、ページに話し手を示していない場合は、主人公である。

 金阜山人(きんぶさんじん)・・・古家を買った人。架空の人物。

 古人(こじん)・・・古い人と言う程度の意味。架空の人物。主人公。

 大地震(おおじしん) ・・・ 大正12年9月1日に発生した関東大震災のこと。

 待合(まちあい)・・・明治6年、「浜の屋」「長谷川」など、泊り込み勝手次第の休息所を開業したのが発端。
  芸妓を呼んで飲食をさせる「待合茶屋」略して「待合」が流行した。
  昭和初期まで町中に多数在り、当時のラブホテルであった。

 経師屋(きょうじや)・・・障子の張替などを行った職人。



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