春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)
全文 その31
山手は下町とちがひ、神楽坂、富士見町、四谷、渋谷あたり、
いづれも寝るのが専一にて、待合茶屋より口掛ける折も、
身体の都合はどうかと念を押す程の土地柄、
随分その道にかけては優物あり。
大勢の前にてはだか踊なんぞはお茶の粉さいさい、
人の見る前にても平気で男のものを口に入れて気をやらせるお酌もあれば、
旦那二人を藝者家の二階と待合とに泊らせて、たくみに廻しを取るもあり。
【解説】
〇専一(せんいつ)・・・ある物事だけに力を注ぐこと。
〇優物(いうぶつ/ゆうぶつ)・・・優れた人物のことか。
〇廻しを取る(まわしをとる)・・・遊女が次々に遊客の所を廻り情交すること。