春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)
全文 その32
昼でも夜でも口があれば、幾座敷でもきつとお引けにして、
見事に床裏返させるのみかは、旦那も来ずお座敷もない時には、
抱えの誰彼択みなく、一ッしよに昼寝をさせ、
お前さんはおいらんにおなり、
わたしはお客になつてお女郎屋ごつこしやうよと、
初は冗談に見せて足をからませてゐる中、
アレサ何が気まりがわるいんだよ、もつと上の方なんだよ、
此の児は十八にもなつてまだ知らないのかい、
呆きれたねへと、自分から唾をつけ、指持ち添へていぢらせ、
一人で腰つかふ稀代の淫乱にたまりかね、
抱えの妓さへ居つかぬ家ありと、兼て聞いたる人の咄しを思出し、
わが家の首尾気にしながら、はるばる山手の色町に出かけ、
上玉参円並弐円で、よりどりどれもすぐに寝る便利に、
好勝手な真似のかづかづ、遂には一人の女では物足らず、
二人三人はだかにして左右に寝かし、
女のいやがる事無理にしてたのしむなんぞ、
われながら正気の沙汰とはいひがたし。
【解説】
〇裏返させる(うらがえさせる)・・・遊客に二度目の指名をさせること。
〇抱え(かかえ)・・・「抱子」(かかえっこ)。芸者屋に借金があり自由が利かない若い芸者のこと。
〇お女郎屋ごつこ(おじょろうやごっこ)・・・女同士の性交渉。レズごっこ遊び。
〇上玉(じょうだま)・・・上等の芸妓。