春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)


 全文 その30


 夜はよつぴて襖越しの啜泣(すすりなき)に、

家のおかみさんてばそれあ一通りや二通りではないのよと、

出入(でいり)の藝者に家の女中が嘘言(うそ)ならぬ(うわさ)

立聞(たちぎき)してはさすがに気まりのわるい事もありしが、

それは所詮それにして、又折々の間食(あいだぐひ)()めがたきぞ是非もなき。


 無類の美味家にありて、其上(そのうえ)(なほ)間食(あいだぐひ)不量見

並大抵のあそびでは面白い(はず)もなし。


 女のいやがる事無理にしてたのしむなんぞ、われながら正気の沙汰とはいひがたし。


 【解説】


〇よつぴて・・・「夜っぴて」。一晩中。夜どおし。

〇不量見(ふりょうけん)・・・意見または判断の誤り。誤った信念。


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