春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)


 全文 その21


 どうしたえと下から問掛(といか)ければ、

鼻つまらせ泣き声にて、あなたどうかして頂戴(ちょうだい)よ、

紙がとれませぬ、取れねば拭かずともよいワ、

重くてならぬ、と下から女の肩を押して、起きなといへど、

煌々(こうこう)たる電灯この(まま)にては起きも直れぬと見得(みえ)

(なお)ぢつとしてゐるにぞ、入れたままの一物まだ小さくなる暇なきを(さいわい)

そつと下から軽く(うごか)して見るに、女は何とも言はず、

今方(いましがた)やつと静まりたる息づかひすぐにあらくさせて顔を上げざれば、

こりやてつきり二度目を欲する下心と、内心をかしく、

(しばら)くして腰を休めて見るに、女は(はた)せる(かな)

夢中にて上から腰をつかふぞ恐ろしき。


 (くすぐ)つたくはないかと聞いて見れば、鶉鵡返(おうむがえし)に「あなたは?」と情なささうに言ふは、

()しさうであらうとも我慢(がまん)して下さいとの心なる()

 一度気をやれば(しばら)くは(くすぐ)つたくてならぬといふ女あり。


 【解説】


〇今方(いましがた/いまがた)・・・たった今。ついさっき。


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