春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)


 全文 その15


 女といふもの誰しもつゝしみ深く初めてのお客に初めより取乱してかゝるものは(すくな)し。

 されば初めての客たるものその辺の加減を心得、

(はじめ)は諸事あつさりと、十分女に油断させ、

中頃よりそろそろと術を施せば、

もともと死ぬ程いやな客なれば床へは来ぬ訳なり。

 口説かれて是非なきやうにするは芸者の見得なり。


 初めての床入に取乱すまじと心掛(こころが)くるも女の意地なれば、

その辺の呼吸よく呑込んだお客が神出鬼没臨機応変の術にかゝりて、

知らず知らず少しよくなり出したと気がついた時は、

いくら我慢しようとしてももう手おくれなり。


 元来淫情強きは女の常、一ツよくなり出したとなつたら、

男のよしあし、好嫌ひにかかはらず、(はづか)しさ打忘れて無上(むしょう)にかぢりつき、

鼻息火のやうにして、もう少しだからモットモットと泣声出すも珍しからず。


 【解説】


〇無上(むじょう)・・・最上であること。この上ないこと。


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