春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)


 全文 その3


 思へば二十歳(はたち)の頃、身は人情本中の若旦那よろしくひとりよがりして、

十七八の生娘などは面白からず五ツ六ツも年上の大年増泣かして見たしと願掛(がんかけ)までせし頃は、

四十の五十のといふ老人の遊ぶを見れば、あの(じじい)何といふ狒々(ひひ)ぞや、

色恋も若気のあやまちと思へばゆるされもすべきに分別盛の年にも恥ぢず

金の威光でいやがる女おもちやにするは言語道断と、

こなたは部屋住の身のふところまゝならぬ、

役にも立たぬ悲憤慷慨今となつて思返せばをかしいやら恥しいやら、

いつの間にかわれ人共に禿頭(とくとう)皺嗄声(しわがれごえ)となりて、

金に糸目はつけぬぞあの()をぜひと、

茶屋の女房へ難題持込む仲間とはなるぞかし。


 【解説】


〇狒々(ひひ)・・・好色な中年以上の男を罵(ののし)っていう語。

〇部屋住の身(へやずみのみ)・・・未だ相続していないで親の厄介になっている嫡男。親の臑齧(すねかじ)りの身。



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