春本版『四畳半襖の下張』(よじょうはんふすまのしたばり)


 全文 その2

 《山人》

 はじめの方はちぎれてなし

 《主人公》

 持つて生れし好きごゝろ、いくつになつても止むものでなし。

 十八の春『千種の花』読みふけりし頃、ふと御神燈のかげくゞり初めしより幾年月の仇夢(あだゆめ)

相手は新造年増小娘(こむすめ)のいろいろと変えれども、

主のこなたはいつも変らぬ好きごゝろ飽くを知らず、

人生五十の坂も早一ツ二ツ越しながら、寝覚の床に聞く鐘の音も、

あれは上野か浅草かとすぐに河東(かとう)がゝりの鼻唄、

まだなかなか諸行無常と響かぬこそいやはや呆れた次第なり。


 【解説】


〇千種の花(ちぐさのはな)・・ ・江戸時代の艶本『千草花二羽蝶々』(ちぐさのはなふたばちょうちょう)のこと。


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〇御神燈(ごしんとう)・・・芸者屋の前にかけた芸者名入の提灯(ちょうちん)。

〇仇夢(あだゆめ)・・・はかない夢。望みのないこと。

〇新造(しんぞう)・・・若い女の総称。

〇年増(としま)・・・やや若い盛りを過ぎた女。この当時は二十四五のこと。

〇小娘(こむすめ)・・・ 一人前に成長していない女。処女。十四五歳くらいの少女。

〇河東がゝり(かとう‐がかり)・・・河東節(かとうぶし)のことで、江戸浄瑠璃の一つ。


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