『銭形平次捕物控』 「縁結び」 二、三 (えんむすび) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
銭形平次の話は、絶対に、中学高校の教科書に載せるべきですね。
そして、夏休みの推薦図書にするべきだ。
面白いし、勉強になる。
それと、古文、漢文、漢詩も、もっと重要視すべきだ、と、熟、思う。
私は、嫌いだったが・・・ははは
【本文】 註:新かな遣い、新漢字で書かれています。
「た、大変ッ、親分」
八五郎が髷節を先に立てて、礫のように飛込んで來たのです。
「何だ、八、請合い三日に一度ずつは大変を喰わされるぜ、手前と付き合っていると、つくづく寿命の毒だと思うよ」
房楊枝を井桁に挾んで、ガボガボと嗽いをやった平次、一向物驚きをしない顔を、ガラッ八の方に振り向けました。
<中略>
「おや、――変なものを握っていますぜ」
「何?」
慌てて死骸の手を押えたのは、平次ではなくて、功名に急いでいた金太でした。
「こいつは狐格子に結える縁結びの紙じゃないか」
半紙を八つ切にして、半分ほど縒ったのを二本、頭の方で結び合せたのは、言うまでもなくその頃の女子供が遊び半分にやった縁結びで、
男女の縁に関係のある社の格子には、御神籤と一緒に、この縁結びの紙片が、うんとブラ下がっていたのです。
「どれどれ」
顔を出した平次とガラッ八。
<中略>
その時、お柳の母親――乾物屋の女房のお倉は、額で歩くようにして飛んで来ました。
「・・・」
平次も、金太も、ガラッ八も、この真っ蒼な顔と、気違い染みた眼と、わななく両手の前に、思わず道を開きました。
「お柳、――お前は、お前はまア――」
あとはもう言葉も成さぬ様子で、血だらけの娘の死骸に獅噛付いたまま、ヒイ、ヒイ動物のような悲鳴をあげながら、ワナワナと顫えているのです。
【語彙説明】
〇房楊枝/総楊枝(ふさようじ) ・・・ 柳や竹の一端をくだいて房のようにした楊枝。打ち楊枝。
〇井桁(いげた) ・・・ 井戸の上部のふちを、地上で井の字形に組んだ木の囲い。
「房楊枝を井桁に挾んで」とは、「井桁の腕木と腕木の隙間に房楊枝を差し込んだ」という意味でしょう。
淵の上に置いて、うっかり井戸の中に落としたら、近所の人から叱られますからね。平次は長屋住まいですから(笑)。
〇狐格子(きつねごうし) ・・・ 木連(きつれ)格子、狐戸(きつねど)とも呼ぶ。民家の屋根において切妻破風(はふ)(切妻、破風)の下に設けられる格子を指す。
入母屋造りの妻部分に妻飾りとして設ける、内側に板を張った格子のことで妻格子とか木連れ格子(きづれごうし)または(きつれこうし)と呼ばれる。
木連れ格子は格子の一種で、格子の見付け(みつけ)が縦横同じ寸法の材でできた、縦横に細かく組んだ正方形の格子のことを指す。
狐窓(きつねまど)とも呼ばれます。
柧(つまぎ)格子の「柧」の木篇が獣篇に誤り、「狐格子」となったとの説もあるが、木連れ格子(きずれごうし)が訛って狐格子(きつねごうし)になったとの説もある。
〇縁結(えんむす)び ・・・ 遊女の間に行われた一種の遊戯。多くの男女の名を、それぞれ小さな紙片に書いてひねり、でたらめに結びあわせて占うこと。宿世(すくせ)結び。
〇額(ひたい)で歩(ある)くように ・・・
〇顫(ふる)える ・・・ おののく。わななく。おどろく。おちつかぬ。頭がふるえること、手足がわななくような状態となることをいう。