『銭形平次捕物控』「花見の仇討」 (はなみのあだうち) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【本文】
平次は同心の説明を聽き乍らも、巡禮の死體を丁寧に調べて見ました。
笠ははね飛ばされて、月代の青い地頭が出て居りますが、白粉を塗って、引眉毛、
眼張りまで入れ、手甲、脚絆から、笈摺まで、
芝居の巡禮をそのまゝ、此上もない念入りの扮装です。
右手に持つたのは、銀紙貼りの竹光、それは斜つかひに切られて、肩先に薄傷を負はされた上、
左の胸のあたりを、したゝかに刺され、蘇芳を浴びたやうになつて、こと切れて居るのでした。
【語彙説明】
〇地頭(ぢあたま/じあたま) ・・・ 鬘(かつら)などをかぶらないそのままの毛髪の頭。
「じとう」と読むと、日本中世の在地領主の一類型、または荘園・公領ごとに置かれた鎌倉幕府の末端の所職の意味。
〇白粉(おしろい) ・・・ 顔や肌の化粧に用いる白い粉末。元来白いものの意で、その丁寧語「御白い」に基づく。
粉白粉、水白粉、練り白粉の3種があり、粉白粉は便利であるが化粧くずれしやすく、水白粉は薄化粧に、また練り白粉は厚化粧に適しているとされている。
〇引眉毛(ひきまゆげ) ・・・ 眉毛を剃 (そ) ったあとや薄い眉毛の上に、墨などで描いた眉。引き眉毛。引き眉。
〇眼張り(めばり) ・・・ 舞台化粧で、目を大きくはっきり見せるために、目のまわりに墨などを施すこと。
また、目の端を長く描くこと。
〇眼張(がんばり)と読むと、両眼を大きく見開くこと。特に、歌舞伎の舞台で役者が目を見開いて見得を切ることの意味。
〇目張り/目貼り(めばり)は、風などが入らないように、物のすきまに紙などをはってふさぐこと。また、それに用いるものを指す。
〇手甲(てっこう) ・・・ 手の平から前腕の前3分の2をカバーする布の装具。中指を通す紐が付いている。
〇脚絆(きゃはん) ・・・ 踝の上から膝下までに巻きつける布の装具。
〇笈摺(おひずる/おいずる) ・・・ 巡礼などが、着物の上に着る単(ひとえ)の袖なし。〔詳細〕
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〇蘇芳(すおう) ・・・ この場合の「蘇芳」は、人が斬られて血潮が流れた様子を表しており、野村胡堂が好んで用いている。
「蘇芳を浴びたやうに」
「存分に血を吸つて蘇芳に漬けたやうな」
「下水の中は蘇芳を流したやうになつて」
「その細引が蘇芳を塗つたやうに」
「丸い胸のあたりまで蘇芳にひたした」
などなど、毎回一度は使われると言っていい。
では、蘇芳とは、どんな色か。
紫がかった赤色。〔大辞泉(小学館)〕
黒味を帯びた赤色。蘇芳とは染料となる植物の名前で、この色はこれをアルカリ性水溶液で媒染したもの。(Wikipedia)
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「蘇芳を流したよう」とは、どんな感じか。
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なるほど、「真っ赤な血が流れた」などの表現より、こちらの方が遥かに迫力がありますね。