『銭形平次捕物控』 「美男番付」 四 (びなんばんづけ) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
「露拂(払)い」って聴いたことありますよね。
慥か、相撲番組で聴いたような。
でも、正確な意味を知らなかった。
「相撲で、横綱の土俵入りのとき、先導として土俵に上がる力士」
だそうです。
横綱の土俵入りの手順は、
幕内土俵入り(大関以下)が東西両方で終わった後に、呼出が土俵を掃き清める。
立呼出および立行司に先導され、純白の綱を腰に締めた横綱が、露払いと太刀持ちを従えて入場する。
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。カッコ()内は話し手でジジイが追記しました。
二人は元の隱居家の裏から、師匠文字花の御神燈の下に立つて居りました。
(登場人物の女師匠・文字花とガラッ八の八五郎の会話です。)
(文字花)「あら、八親分、隨分久し振りね、私の家へ入らつしやるなんて、どんな風の吹き廻しでせう」
格子につかまつて、まともに朝の陽を受けた顏が、咲き誇つた花のやうに、パツと匂ひます、二十五六の良い年増ですが、小柄で充實して、ホルモンでねり固めたやうな、魅惑と燃燒を感じさせる女です。
(八五郎)「今日は露拂ひだよ、錢形の親分が、お前に逢ひ度いとさ」
「まア」
文字花はさすがにたじろぎましたが、すぐに陣を立て直して、
「――どうぞ此方へ、錢形の親分さんが來て下さるなんて、まア、何んていふ良いお日柄でせう、さア、さア」
などと如才もありません。
(平次)「いや、此處で結構だよ」
(文字花)「錢形の親分さんは、女ばかりの世帶ではお茶も召上らないんですつてね」
少しばかり怨ずる色が、滅法仇つぽく見える女です。
「そんなことはあるものか、事と次第では暴れ飮みをして、カンカンノウを踊つて見せるよ、今日は忙しいんだ、それ、例の良い男の清次郎の死んだことで――」
「本當にお氣の毒ねえ、良い人でしたが、少し浮氣つぽくて困つたけれど」
チクリと嚢中の針が出ます。
「師匠も大層眤懇だつたといふぢやないか」
「え、え、皆樣御存じだから隱しやしません、昔は隨分何んとか言はれましたよ、でも半歳足らずで鼬の道ぢやありませんか、何處へ行つたかと思ふと、河岸まで同じお幾のところで、脂下つて居たのもほんの二た月三月、近頃は素人衆がよくなつて、米屋の御隱居の話し相手ですとさ、あんな男に、未練も何んにもありやしません、百文の香奠だつて、出してやるものですか」
【語彙説明】
〇文字花 ・・・ 登場人物の名前。「師匠の文字花」。二十五六の小柄な年増。
〇露拂(つゆはら)ひ ・・・ 貴人の先に立って道を開くこと。また、その役を務める人。転じて、行列などの先導をすること。また、その人。
〇如才(ぢよさい)ない ・・・ 気がきいていて、抜かりがない。
〇怨(ゑん)ずる ・・・ うらみ言をいう。
〇仇(あだ)つぽく ・・・ (女性の)美しく色っぽいさま。あでやか。