『銭形平次捕物控』 「戀をせぬ女」 四~五  (こいをせぬおんな)       著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 題名「戀をせぬ女」の「戀」は、正字。新字(略字)では「恋」と書きますから、「恋をせぬ女」です。悪しからず。


 お通(つう)が殺されて、小森屋に乗り込んだ平次の取り調べは続く。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。カッコ()内は話し手でジジイが追記しました。


 「次は下女のお照で」

 鐵之助が連れ込んだ二人目は、山出しらしい二十六七の女でした。田舍縞の袷に、淺黒い顏、素朴ではあるが健康さうで、何んとなく頼母し氣なところがあります。


 <中略>


(平次) 「お孃さんの好きな人は無かつたのか」

(お照) 「さア」

(平次) 「あの年頃だ、少しは氣に入つた相手といふものがあるだらう」

(お照) 「それは世間並ですが、お孃さんは見識が高くて、滅多な男を寄せつけませんでした。綺麗に生れつくと、情がこはいんですね。

尤も友吉どんは別でした。あの子は年も下だし、才はじけた方でもなし、子柄だつて良くも惡くもないし、お孃さんの氣に入る筈は無いのですが、

何處か一克で正直で、お孃さんの言ふことは、どんな無理でも聽きましたし、お孃さんが、馬鹿にし(なが)らも可愛がつたのは、無理もないと思ひました」


 <中略>


 その時、臺町の由松と、八五郎は、一團になつて戻つて來ました。

 「親分、天眼通だ。匕首の鞘はありましたよ。土竈(へっつい)の中ぢや無いが、千六本に切つて、焚きつけの籠の中に」

 八五郎はその籠を打ち振つて、わめき立てるのです。

 この證據は重大で決定的でした。お通を殺したのは、匕首の持主の浪人小林習之進でなければならず、

母親の世乃はそれを(かば)ふために、娘の傷口から匕首を拔いて、その跡に眞矢を突つ立て、丸窓の障子にまで細工をしたのでせう。


【語彙説明】


〇山出(やまだ)しらしい ・・・ 田舎の出身であること。田舎から出てきたままで洗練されていないようす。

〇情(じょう)がこはい/情が強(こわ)い ・・・ 強情である。他人の意志や感情に動かされようとしない。

〇才(さい)はじけた ・・・ 才はじけた人。小利口でなまいきな者。また、利発な者。才弾者(さいはじけもの)。

〇一克(いっこく) ・・・ 1..頑固でわがままなこと。また、そのさま。2.せっかちで、何かというとすぐ怒ること。また、そのさま。

〇天眼通(てんがんつう) ・・・ 仏教語。六通の一つ。あらゆる事象を自由自在に見通すことのできる神通力。

〇土竈/土窯(どがま/へっつい) ・・・ 土を固めて作ったかまど。へっつい。

〇千六本(せんろっぽん) ・・・ ( 「せんろふ(繊蘿蔔)」の変化した語)大根などを細長く刻むこと。また、そのもの。
「せんぎり」「せろっぽ」「せろっぽう」ともいう。

〇眞矢/真矢(ほんや) ・・・ <<現在、調査中>>



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