『銭形平次捕物控』 「傀儡名臣」 五 (くぐつめいしん) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
主人・安倍丹之丞が御用で駿府へ出掛けて、三日後に戻るとなった日、用人の石田清左衛門が、外出から戻ると留守番をさせていた下男が首を吊って死んでいる。
そして、御墨付の短刀が紛失している。
家中を探したがどこにも無い。
途方に暮れた清左衛門は、恥を忍んで町方の平次に相談することにした。
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
果して、義父丹後守の歿後は、御小姓組御番頭と役付にはなりましたが、一面、丹後守の娘で、
自分とは従兄妹の間柄なる本妻の綾野を嫌い、とうとう一年経たないうちに、
柳橋芸者のお勝を、奉公人名義で妾にいれ、それを鍾愛するの余り、
本妻の綾野を瘋狂と称して、土蔵に押込めてしまいました。
そんな悪法を書いたのは、丹之丞の遠い従弟で、安御家人崩れの針目正三郎、
これはお猿のような感じの、肉体的に見る影もない人間ですが、悪智恵にかけては、人の十倍も働きのある男。
常に丹之丞とお勝を煽動して、レールへ乗せない工夫ばかりしているのでした。
<中略>
明日の朝はいよいよ主人丹之丞が江戸へ帰ると解った時、清左衛門はとうとう評判の銭形平次に逢ってみようと思い立ちました。
屋敷へ呼ぶかけにも行かず、そうかといって、平次の宅へ行けば、後を跟けられるに決っております。
【語彙説明】
〇歿後/没後(ぼつご) ・・・ 人が死んでからのち。死後。
〇御小姓組(おこしょうぐみ) ・・・ 小姓(こしょう)とは、武士の職の一つで、武将の身辺に仕え、諸々の雑用を請け負う。
同音の「扈従」(こしょう/こじゅう)(貴人に付き従う人の意味)に由来する。
〇御番頭(ごばんがしら) ・・・ 江戸時代、大番組・小姓組・書院番などの長。
〇鍾愛(しょうあい) ・・・ 大切にしてかわいがること。
〇瘋狂/風狂(ふうきょう) ・・・ 精神に異常を来(きた)していること。
〇安御家人(やすごけにん) 「安」は、安っぽく粗末であることの意。「安御家人」は「貧乏御家人」とでもいう意。<参照>
〇呼(よ)ぶかけ ・・・
〇跟(つ)ける ・・・ 人のあとについていく。尾行〈刑事〉。追行。追尾。