『銭形平次捕物控』 「笑い茸」 七 (わらいだけ) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
磯屋貫兵衛が用意した屋形船。
お客に、藝者、太鼓持ちなど九人。念入りに酒が廻ってハチ切れんばかりの騒ぎ。
そこにに、貫兵衛が和蘭渡りの赤酒を腰高盃で、皆に振舞った。
皆は、ケラケラ、わっはっはっ、と、更に狂態を高じた。
すると、突然、船頭の三吉が槌を振るって、船底の栓を抜いた。
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
色街の女達も、百人が九十人まで、小判をバラ撒きさえすれば、助六のように自分を大事にしてくれます。
行くところ、煙管の雨は降りました。
家へ帰ると、女達の手紙を、使い屋が何十本となく持って来てくれました。
やがて、金の力の宏大なのに陶酔して、貫兵衛はもう一度、それが自分に備わった才能、徳望のように思い込んでしまったのです。
それから十年の間、貫兵衛はあらゆる狂態をし尽しました。
女房を迎える暇もないような忙せわしい遊蕩――そんな出鱈目な遊びの揚句は、世間並みな最後の幕へ押し流されて来たのです。
手っ取り早く言えば、磯屋にはもう一両の金も無くなっていたのです。
【語彙説明】
〇赤酒(せきしゆ/せきしゅ) ・・・ 赤葡萄酒。赤ワイン。
〇腰高盃(こしだかさかずき) ・・・ ワイングラス。
〇煙管の雨(きせるのあめ) ・・・ 女にモテること。遊女達が一人の客に「吸いつけ煙草」を次から次へと渡してくるので、「こりゃまるで雨が降るようだ」と鼻高々に二枚目振ることから。