『銭形平次捕物控』 「迷子札」 一  (まいごふだ)  著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 銭形平次の物語は、子分八五郎の「大変(てえへん)だ~ッ!大変だ~ッ!」か、「親分!」から始まる。

 私は、「親分!」から始まる導入が好きだ。

 八五郎のすっとぼけた話と、それを(あしら)う平次の会話が、堪らない。

 漫才に勝るとも劣らない。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 「親分、お願ひがあるんだが」

 ガラツ八の八五郎は言ひ憎さうに、長い(あご)を撫でて居ります。

 「又お小遣ひだらう、お安い御用みたいだが、たんとはねえよ」

 錢形の平次はさう言ひ(なが)ら、立ち上がりました。

 「親分、冗談ぢやない。又お靜さんの着物なんか()いぢや殺生だ。――あわてちやいけねえ、今日は金が欲しくて來たんぢやありませんよ。金なら小判というものを、うんと持つて居ますぜ」

 八五郎はこんな事を言ひ(なが)ら、泳ぐやうな手付きをしました。

 うつかり金の話をすると、お靜の髮の物までも曲げ兼ねない、錢形平次の氣象が、八五郎に取つては、嬉しいやうな悲しいやうな、まことに變てこなものだつたのです。

 「馬鹿野郎、お前が膝つ小僧を隱してお辭儀をすると、何時もの事だから、又金の無心と早合點するぢやないか」


【語彙説明】


〇遇/配(あしら)う ・・・ 1.応対する。応答する。 2.相手を軽んじた扱いをする。みくびって適当に対応する。

〇たんと ・・・ 「たくさん(沢山)」の意味。

〇泳ぐやうな手付き ・・・ 

〇頭の物までも曲げる ・・・ 「曲げる」が質に入れること。(「質」と同音の「七」の字の第二画を曲げるところから)。

 「頭の物」とは、簪や櫛など「女性の最低限のおしゃれの物」の意味。

 よって、「(お静さんの)簪や櫛まで質に入れる」こと。

〇氣象(きしょう) ・・・ 氣性(気性)に同じ。

〇金の無心(かねのむしん) ・・・ 「無心」は、人に金品をねだること。



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