『銭形平次捕物控』 「梅吉殺し」 三  (うめきちごろし)  著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 「御守殿」は、江戸時代において、三位以上の大名に嫁いだ徳川将軍家の娘の敬称だそうですね。

 その髪型もあったそうです。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 「御苦労様でございます」

 お篠は慇懃(いんぎん)に挨拶しました。お茶や礼式の嗜みがありそうで、なんとなく御守殿風(ごしゆでんふう)が匂います。

 「御新造さんは、お屋敷奉公をしたことがあるんでしょうな」

 平次の問ひは少し無作法で唐突でした。

 「え」

 お條は心持鼻白みます。

 「それぢや、ヤツトウの方の心得もあるんでせうね」

 「いえ、――ほんの少し長刀(なぎなた)を仕込まれましたけれど」

 お篠は本當に消え入り()い姿でした。青々とした眉の跡、頰の美しい曲線、襟元の凉しさ――平次もこんな女は、舞臺でしか見たことのないやうな心持がするのでした。

 「この(くし)は誰のでせう」

 平次の掌の上には、半分紙に包んだ黄楊(つげ)の櫛がありました。


【語彙説明】


〇御守殿風(ごしゆでんふう/ごしゅでんふう) ・・・ 「御守殿」は江戸時代において、三位以上の大名に嫁いだ徳川将軍家の娘の敬称で、その御守殿に仕えた女中の髪形や服装などの風俗のことを「御守殿風」と呼ぶ。

〇鼻白む(はなじろむ) ・・・ ものごとが滞ったり、状態が思わしくなくなってきた時の気後れした顔つきをする。 批判を受けたり気勢をそがれたりして、気分を害する。また、興ざめする。きまり悪そうな顔をする。

〇ヤツトウ ・・・ 1.〔感動〕 斬り合いや剣術などの際の掛け声。えいやっとう。 2.〔名詞〕(前術から転じて) 剣術の称。剣道。また、刀。あるいは、武士のこと。

〇舞臺/舞台(ぶたい) ・・・ 演劇やダンス、演芸などの表現者が作品を演じる為の一定の空間。

〇半分紙(はんぶんがみ) ・・・ 「半紙」のこと。和紙の規格の一つ。「杉原紙の寸延判」を全紙としてこれを半分にした寸法の紙。書道半紙と同じ242×333mm。<詳細



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