『銭形平次捕物控』 「禁制の賦」 一 その1 (きんせいのふ) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
昔話を理解するには、和楽器の知識が必要になる。
面白い!面白い!
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
高々と籐を卷いたぬば玉の能管、血のやうな歌口をしめし乍ら、藤左衞門はさつと禁制の賦に眼を走らせます。
一寸見たところでは、何んの變哲もない、『寢取り』の變奏曲ですが、心靜かに吹き進むと、その旋律に不思議な不氣味さがあつて、ぞつと背に水を流すやうな心持。
藤左衞門は幾度か氣を變へて途中から止さうとしましたが、唇は笛の歌口に膠着して、不氣味な調べが劉喨と高鳴るばかり。
これは併し、いろ/\の先入心が、強迫觀念になつて、技倆に自信を持ち過ぎる、春日藤左衞門の心を脅かすのでせう。
「――」
吹き了つた笛を、流儀の通り膝の前に置いて、藤左衞門はホツと溜息ためいきを吐きました。
暫くは師匠も弟子も、物を言ふことさへ忘れてゐたのです。
【語彙説明】
〇ぬば玉(ぬばたま) ・・・ 俗に射干玉(ぬばたま・ぬぼたま・むばたま)と呼ばれるのは、檜扇(ひおうぎ)の黒い種子のこと。和歌では「黒」や「夜」にかかる枕詞としても知られる。烏玉、烏羽玉、野干玉、夜干玉などとも書く。
〇能管(のうくわん/のうかん) ・・・ 日本の楽器の一種。能の囃子に用いられる管楽器で、歌舞伎の囃子にも用いる。雅楽の竜笛 (りゅうてき) とほぼ同じ形態、構造であるが、管長および指孔の間隔が不定。
〇歌口(うたぐち) ・・・ 管楽器の唇をつける部分名称。日本の笛に対して古くから使われている。
口の使い方によって分類される。
1.唇全体をあてる場合。トランペットの様な楽器では、吹管(すいかん)、口管ともいう。
2.下唇のみをあてる場合。フルート、尺八などの横笛や縦笛の楽器では、吹口(ふきぐち)ともよぶ。
3.くわえる場合。クラリネットやファゴットやリコーダーでは、くわえた吹口の部分を歌口とするほかに、エッジの設けられた小窓を歌口とする解釈もある。
〇嚠喨/瀏亮(りうりやう/りゅうりょう) ・・・ 楽器・音声がさえてよく響くさま。