『銭形平次捕物控』 「禁制の賦」 一 その1 (きんせいのふ)  著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 『禁制の秘曲』とは、一色宗六(いっしきそうろく)怪奇(かいき)な曲で、(かな)でると(たたり)がある、と言い伝えられている。

 「()」は詩や歌のこと。

 『禁制の秘曲』と呼ばれる、この賦は、一色宗六の子・清五郎(せいごろう)が早世した為、朋輩(ほうばい)春日藤左衛門(かすがとうざえもん)が引き継いだ。

 一色清五郎の子・友衛(ともえ)は、師匠・藤左衛門に、「一度聴かせてくれ」とせがむ。


 出だしから、面白そうですね。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 「一々(もつと)も、お前の言葉に少しの無理もない。

が、『禁制の賦』は三代前の一色家の主人、一色宗六といふ方が、『寢取り』から()んだ世にも怪奇な曲で、あれを作つて間もなく狂死(くるいじに)したと言はれる。

その後あの曲を(そう)する毎に、人智の及ばぬ異變(いへん)があり、お前の父親一色清五郎殿が、嚴重な封をしてこの私に預けたのだ。

流儀の奧傅祕事(おくでんひじ)悉/″\(ことごと)くお前に(つた)へた上は、あの『禁制の祕曲』も(かへ)しても宜いやうなものだが、何んと言つても、まだ三十前の若さでは、萬一(もしも)(あやまち)があつては取返しがつかぬ。

決してあの曲を憎むわけではない、せめてあと三年待つがよからうと思ふがどうだ」

 春日藤左衞門は道理を(つく)して、()う言ふのです。


【語彙説明】


〇寝取り(ねとり) ・・・ 主に男性が、他人の配偶者または愛人と情を通じて、自分のものとすること。

〇奧傅祕事/奥伝秘事(おくでんひじ) ・・・ 「奥伝」は、芸道、武道などの奥義を師匠から伝授されること。奥許(おくゆるし)。
「秘事」は、人に容易には教えない学問・芸事などの奥義。

〇萬一(もしも/もしや/まんいち/まさか) ・・・ 1.[名詞]万の中に一つ。めったにないが、ごくまれにあること。まんがいち。

2.[副詞]めったにないことが起こるのを予測するさま。もしも。まんがいち。。



 次の本   前の本   読書の部屋   TOP-s