『銭形平次捕物控』 「人形の誘惑」 五 (にんんぎょうのゆうわく) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
縄張り争いってのは、ヤクザだけの専売特許かと思ったが、岡っ引きにもあったんですね。
いや、いや、警察にもありますね(笑)
昔も今も。
あはははは
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
「兄哥、有難てえ、此方からお禮を言ふよ。――實は俺にも少し考へがあつたんだが、繩張がうるさいから、默つて居たんだ。――兄哥でもなきア、こんな事を淡白相談に來ちやくれまい」
平次は兩掌を揉み合せて喜んで居ります。
「さう言はれると俺も器量がよくなるが、實は此處の入口に立つた時は、穴へでも入り度かつたよ」
「八の野郎が飛んでもない事を言やがるからだ。――氣を惡くしないでくれ、後でうんと油を取つて置くから」
平次の話を聽くと、ガラツ八は向うの方でピヨイピヨイとお辭儀をして居ります。
膝小僧がハミ出した狹い袷、髷の刷毛先の、神田つ子らしく、左へ曲つて居るのも間が拔けます。
「八兄哥に惡いことは少しも無い。――ところで兄哥、町内の若いのを、虱潰しにしらべたが、お駒と引つかゝりのあるのは、新吉の外には一人もねえ。泥棒にしては無くなつた物が無いし、――」
喜三郎はもう用談の方へ入つて居りました。
【語彙説明】
〇うんと ・・・ 1.程度がはなはだしいさま。非常に。すごく。 2.量が多いさま。たくさん。
〇油を取る(あぶらをとる) ・・・ 過ちや失敗を厳しく責める。「油を搾る」と同意。