『銭形平次捕物控』 「人形の誘惑」 四  (にんんぎょうのゆうわく)  著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 「花合せ」はきっと花札のことだろうと、高を括っていたが、違った。

 トランプの王道の遊びがポーカーなら、ババ抜きなんてのが、「花合せ」に相当するだろうか。

 子供にも楽しめる簡単な遊びだ。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 「それがあべこべなんで、親分」

 「何があべこべだ」

 「憎いのはお駒で、可哀想なのは房五郎だ――という町内の評判ですぜ」

 「ハテね」

 「お駒の阿魔(あま)は、二年越言ひ交した、版木屋の新吉を振り捨てゝ、越後屋の辰之助を、持參金三百兩で(むこ)にすることになつたんで、新吉はカツとなつて、仕事場から切出しを持つて來て殺つ付けたんだ相ですよ、親父の房五郎は大病人同樣、今日は枕も上らねえ騷ぎだ」

 「下手人(げしゆにん)は新吉と決つたのか」

 平次は靜かに問ひかけました。

 「最初は知らぬ存ぜぬで頑張つた相ですよ。昨夜は宵の口から亥刻(よつ)前まで、本所の友達のところで花合せをやつて遊んで居たと言ふんで、眞砂町の喜三郎兄哥も持て餘して居ました」

 「フーム」


【語彙説明】


〇阿魔(あま) ・・・ 女性をののしっていう語。「尼」とも書くが、これだと尼僧(にそう)と混同する。

〇枕が上らない(まくらがあがらない) ・・・ 病気が治らず床から起き上がれない。

〇花合せ(はなあわせ) ・・・ 原則として三人で遊ぶ花札の遊戯の一つ。

手札の花と場札の花を合せてそれを自分の札とし、得点を競う。別名「ばかっ花」。

「花合せ」という言葉は江戸時代から見えるが、古くは花札一般を指したようである。

その一つの「馬鹿っ花」が代表的な遊び方であったため、「花合せ」といえば「ばかっ花」のことを指すようになった。

ただし、古い時代の「ばかっ花」のルールは今と異なって単に札の点数を競うものであり、役がないから「馬鹿花」と呼ばれた。



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