『銭形平次捕物控』 「人形の誘惑」 一 (にんんぎょうのゆうわく) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
「お為ごかし」は、時代劇でよく耳にしましたね~。
いかにも相手の為(相手の利益)に、との言動が、実は、自分の為(自分の利益)だった。
まあ、要するに、善人面することですね。
でも、これって、逆に、非難している方が、欲深いんじゃあないかなあ~
少しでも相手の利益になれば、良いことじゃあないでしょうか。
相手の利益はデカく、自分の利益はゼロ、なんて、求める方が・・・
ねっ!非難する人の方が、「自分の利益」を求めてるでしょう?(笑)
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
新吉は眼の前が眞つ暗になるやうな心持でした。
二年越言ひ交したお駒が、お爲ごかしの切れ話を持出して、泣いて頼む新吉の未練さを嘲るやうに、プイと材木置場を離れて、宵暗の中に消え込んで了つたのです。
――父親が聽いてくれないから、末遂げて添ふ見込はない。出世前のお前さんに苦勞をさせるより、今のうちに切れた方が宜い――といふのは、十八や十九の若い娘の分別といふものでせうか。
――父親の不承知は今に始まつたことではない、版木彫りの下職に、何程の出世があらう――と詰め寄ると、
お駒は唯もう父親の不承知一點張で、取付く島もないやうな冷たい顏をして、――これからは逢つても口を利いておくれでない、
つまらない噂を立てられると、お互の爲にもならないから――そんな念入りな事まで言つて、美しいおもかげだけを殘して、
一陣の薫風のやうに立去つたのでした。
【語彙説明】
〇お為(ため)ごかし ・・・ 親切な行動をとるふりをして、実際は自分本位である ことを意味する言葉。
〇下職(したしょく/したじょく) ・・・ ある人の下で、その人の仕事の一部を引き受けてすること。また、その職人。
〇取り付く島もない/取付島もない(とりつくしまもない) ・・・ 「取付島」は、たよりにしてとりすがる所。頼るべき所の意味で、多く、打消表現を伴って用いる。
〇一陣の薫風(いちじんのくんぷう) ・・・ 「一陣の風」とは、ひとしきり激しく吹く風。突風。「薫風」は、初夏の若葉や青葉の香りを含んだ穏やかな風のこと。