『銭形平次捕物控』 「復讐鬼の姿」 五 (ふくしゅうきのすがた) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
笹野新三郎は、平次の直属の上司で、平次の父親の時代から、一方ならぬお世話に成っている。
新三郎の一大事ともなれば、平次が、必死で取組むのもしぜんの道理です。
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
それから錢形の平次は、お靜と諜し合せて、死物狂ひの活動を始めました。
まかり間違へば、一方ならぬ恩顧を蒙つた笹野一家に、拭ふことの出來ない瑕瑾の付く事件ですから、
主人新三郎の歸りを便々として待つて居るわけには行きません。
石原の利助はすつかりお吉を張本人と決めてしまつて、屋敷の外から呼應した、相棒の名を言はせようと、
手を替へ、品を替へ責め立てますが、お吉は執拗に口を緘んで、悲しくも眼を伏せるばかり、
まさか拷問にかけるわけにも行かず、二三日の後には、石原の利助も少し持て餘し氣味になりました。
一方、その間に平次は、第一番に奉公人の身許を洗つて見ました。
小田島傳藏老人の三十何年を始め大抵は五年十年と勤めた者ばかり、一番短いので一年以上ですから、
主人を怨む者があらうとも思はれません。
お仕置のある度に、何か嫌がらせな惡戯をした事を思ひ付いて、
この三年の間に、笹野新三郎の手掛けた事件で、無理な罪に落された者はないかと、
いろ/\調べて見ましたが、笹野新三郎は近頃の名與力で、辛辣な加役などからは、手緩いと評判を取つてゐる人物、
人に怨まれる筋などがあらうとも思はれません。
【語彙説明】
〇便々(べんべん)として ・・・ 何もせずにいたずらに時を過ごすさま。