『銭形平次捕物控』 「平次屠蘇機嫌」 一  (へいじとそきげん)  著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 「達引く」(たてひく)なんて、知りませんでしたね。

 呑み屋の女が、惚れた男の勘定を自分が持つ、あるいは、遊女が客の勘定を負担することで、

 男同士での(おご)るとは、意味が違いますね。

 ああ!こんな色男になってみたい。

 私なんかは、この色男の為に、女に貢いでいるようなもの(泣)


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


(八五郎) 「儲かる事なんか、あっしがそんな事を知っているわけがないじゃありませんか」

(平次) 「なるほどね。知っていりゃ、自分で儲けて、この俺に達引(たてひ)いてくれるか。――有難いね、八、手前の気っぷに(ほれ)れたよ」

 「・・・」

 ガラッ八は閉口してぼんのくぼ()でました。

 「――もっとも、手前の気っぷに惚れたのは俺ばかりじゃねえ。横町の煮売屋(にうりや)のお()()がそう言ったぜ。――お願いだから親分さん、八さんに()わして下さいっ――てよ」

 「親分」

 「悪くない娘だぜ。少し、唐臼(からうす)を踏むが、大したきりょうさ。

 どっちを見ているか、ちょっと見当の付かない眼玉の配りが気に入ったよ。

 それに、あの娘はときどき垂れ流すんだってね、とんだ洒落(しゃれた)た隠し芸じゃないか」

 「()して下さいよ、親分」

 「首でも(くく)ると気の毒だから、なんとか恰好(かっこう)をつけておやりよ、畜生奴(ちくしょうめ)

 「親分」


【語彙説明】

〇屠蘇(とそ) ・・・ 屠蘇または、お屠蘇とは、一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む縁起物の酒であり風習である。

 「屠蘇」とは、「蘇」という悪鬼を(ほふ)るという説や、悪鬼を屠り魂を蘇生させるという説など、僅かに異なる解釈がいくつかある。

 チャイナの後漢の時代に華佗(かだ)が発明した薬酒であり、平安時代初期の嵯峨天皇の時代に日本に伝来したとされる。

数種の薬草を組み合わせた屠蘇散(とそさん)を赤酒・日本酒・みりんなどに浸して作る。

〇達引く/立引く/立て引く(たてひく) ・・・ 義理や意地で他人のために金を立て替えたり支払ったりする。また特に、遊女が客の遊興費をみずから負担する。

〇ぼんのくぼ/盆の窪 ・・・ 後頭部から首すじにかけての中央のくぼんだ所。

〇唐臼(からうす) ・・・ 唐(チャイナ)から伝わった江戸時代の脱穀具。 <参考



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