『銭形平次捕物控』 「白梅の精」 一  (しらうめのせい)  著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 「呪う」と書いて「のろう」とも読むが、「まじなう」とも読む。

 「のろう」と読む場合は、「憎んでいる人に災いが起るように祈る。また、その言葉」の意味となる。

 「まじない」と読む場合は、「病気や邪気を払うために祈る。また、その言葉」の意味。
 

 文中では、「禁呪」と書いて「まじない」と読ませている。

 意味を「病気や邪気を払うために祈る」に限定する為だろう。


 「禁呪」を前後入れ換え「呪禁(ジュキン/ジュゴン)」と書くと。

 意味は、まじないを唱えて物の怪(け)などの災いをはらうこと、となる。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 「氣取つたことを言やがる、それより、腹が減つたら減つたと正直に白状するが宜い、先刻から、野良犬を睨み据ゑたり、

團子屋の看板を眺めたり、蕎麥屋(そばや)の前でクン/\鼻を鳴らしたり、お前の樣子は尋常ぢやないぜ」

 「大丈夫ですよ、野良犬なんかへ噛み付きやしませんから」

 「實はな、八、少し目當てがあるんだよ、白山の白梅屋敷といふのを、お前聽いたことがあるだらう」

 「知つてますよ、大地主の金兵衞の庭で、何百年とも知れぬ、梅の老木で名を知られた屋敷ですよ、

龜戸(かめゐど)には、梅屋敷や臥龍梅(ぐわりいうばい)といふ名所もあるが、白山の白梅屋敷は、たつた一本の梅だが、山の手では珍らしいから騷ぐんでせうね」

 「その梅は今を盛りだから、ちよいと見てくれと、此間から二度も使が來たのだ」

 「へエ、梅を眺めたつて腹のくちくなる禁呪(まじなひ)にはなりませんよ、親分」

 「又腹の減つた話だ、お前といふ人間は、よく/\風流には縁が遠いな」

 「親分だつて、歌もヘエケイもこね廻しやしないでせう」

 「その通りだ、濟まねえが、梅を眺めて脂下ほどの人間には出來てゐねえが、續け樣に來た二本の手紙に、腑に落ちないことがあるのだよ。

 腹の減つた(ついで)に、その曲りくねつた梅の老木を眺めて、歸りは白山下で一杯といふ寸法はどうだい」

 「有難いツ、さすがは親分、話がわかりますね、さう段取がきまると、腹の虫なんかにグウグウ言はしやしませんよ、梅でも松でも櫻でも、覺悟をきめて(さら)さうぢやありませんか」

 「花札(はな)と間違げえちやいけない」


【語彙説明】

〇龜戸(かめゐど/かめいど) ・・・ 東京都江東区の町名。

〇臥龍梅(ぐわりいうばい/がりゅうばい) ・・・ 龍が這っている姿に似ていることから名付けられたとされるウメの木。

〇禁呪(まじない/キンジュ) ・・・ まじない。病気や邪気を払うために祈ること。

〇ヘイケイ ・・・ 俳諧(はいかい)のこと。



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