『銭形平次捕物控』 「橋場の人魚」 六  (はしばのにんぎょ) 著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 「術」と書いて「て」と当て字読まさせるのは、実にドンピシャと腑に落ちる。

 「術」は、「ジュツ」「シュツ」「スイ」「すべ」の読みしかないが、「て」と読む表外読みも加えるべきだ。

 「術」の意味は、

 1.すべ。方法。てだて。手段。
 2.わざ。学問。手わざ。技芸。
 3.みち。通路。通り道。すじみち。
 4.はかりごと。たくらみ。計略。
 5.述べる。


 「手立て」と書くときは「手」を用いるが、これはこれで、理に適っている。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 「ヘエ? また橋場へ行くんで?」

 「それも()だよ。あの辺で頑張ってると、夜釣の魚は出て来ない」

 「ヘエ?」

 橋場へ行くと、伊豆屋へは入らず、裏から廻って、かねて用意したらしい、一艘(いっそう)艀舟(はしけ)(もぐ)りました。

 「八、頭から、その(むしろ)(かぶ)れ。少しは埃臭(ほこりくさ)いが、我慢をしろ」

 「変な匂いがしますね、親分」

 「黙っていろ、舟を少し川の真中へ出して貰うから、物を言っちゃならねえ」

 「ヘエ」

 それは子刻(ここのつ)近い時分でした。両岸の灯も消え、吉原通いの猪牙舟(ちょきぶね)の音も絶えて、隅田川は真っ黒に更けて行きます。

 「月はないんですね」

 「黙っていろ、今晩に限ってお月様は邪魔だ」

 「あ、何んか、水の音が?」

 「シッ」


【語彙説明】

〇術(て) ・・・ すべ。方法。てだて。手段。はかりごと。たくらみ。計略。

〇艀舟(はしけ/はしけぶね/フセン) ・・・ 陸と停泊中の本船との間を往復して貨物または旅客などを運ぶのに用いる小舟。

 「はしけ」は「はしけ舟」の略。一般には港内、内海、河川などで貨物を運搬する小型船の総称。

〇子刻(ここのつ) ・・・ 昼十二時。子の刻(ねのこく)。

〇猪牙舟(ちょきぶね) ・・・ 船首を鋭くした水切りのよい軽快な小船。<参照



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