『銭形平次捕物控』 「呪いの銀簪」 五 (のろいのぎんかんざし) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
江戸時代の言葉は、明治生れの人には十分日常的に残っていて、『銭形平次』にも存分に使われている。
一つ一つ調べて、解き明かすのが楽しい。
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
女客と言ふのは、二十四、五の中年増、眉の跡あとも青々とした、凄いほどの美人ですが、小辨慶の單衣はひどく潮垂れて世帶くづしの繻子の帶にも少しばかり山が入つて居ります。
「錢形の親分でいらつしやいましたか、御免下さいまし。圖々しいやうですが、上がり込んで御持ち申して居りました」
齒ぎれの良い調子、莞爾すると、漆黒の齒がチラリと覗いて、啖呵のきれさうな唇が、滅法阿娜めいて見えます。
「ちよいと留守にして、濟まなかつたが、お前さんは何方からお出でなすつた」
平次は自分の家乍ら妙に迎へられるやうな心持で上がり込んで、上がり框の女の前へ煙草盆と座蒲團を持ち出します。
「外ぢや御座いません、――あの柳橋で殺された吉原藝妓の奴――あの妓のことに付きまして、親分に伺ひたいことが御座います」
【語彙説明】
〇小辨慶/小弁慶(こべんけい) ・・・ 細かい弁慶縞(べんけいじま)。
〇潮垂れる/塩垂れる(しおたれる) ・・・ 衣服などが潮水にぬれて、しずくが垂れる。また、雨・露・霜などにぬれること。
〇帶に山が入る(おびにやまがいる) ・・・ 帯が古くなり、芯(しん)などが傷(いた)んで露出すること。