『銭形平次捕物控』 「金色の処女」 一 (こんじきのおとめ) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
『トリカブト』の毒なんて、江戸時代からあったんですねえ。
昭和時代の事件で知ったので、てっきり近代の毒かと思ってました。
【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。
三代將軍家光公が、雜司ヶ谷鬼子母神のあたりで御鷹を放たれた時、何處からともなく飛んで來た一本の征矢が、
危ふく家光公の肩先をかすめ、三つ葉葵の定紋を打つた陣笠の裏金に滑つて、眼前三歩のところに落ちたといふ話。
それツ――と立ちどころに手配しましたが、曲者の行方は更にわかりません。
後で調べて見ると、鷹の羽を矧いだ箆深の眞矢で、白磨き二寸あまりの矢尻には、
松前のアイヌが使ふと言ふ『トリカブト』の毒が塗つてあつたと言ふことです。
「その曲者も召捕らぬうちに、上樣には再度雜司ヶ谷の御鷹野を仰せ出された。
御老中は申すに及ばず、お側の衆からもいろ/\諫言を申上げたが、上樣日頃の御氣性で、
一旦仰せ出された上は金輪際變替は遊ばされぬ。
そこで御老中方から、朝倉石見守樣へ直々のお頼みで、是が非でも御鷹野の當日までに、
上樣を遠矢にかけた曲者を探し出せとのお言葉だ。
何んとか良い工夫はあるまいか」
【語彙説明】
〇征矢/征箭(そや) ・・・ 戦場で使う矢。⇔対義語:狩り矢や的矢。
〇箆深(のぶか) ・・・ 矢が鏃(やじり)の部分だけではなく箆(の)、矢柄(やがら)まで深く突き刺さっている状態のこと。
〇眞矢/真矢(ほんや) ・・・ <<現在、調査中>>
〇曲者/癖者(くせもの) ・・・ 盗賊などの怪しい者。
〇松前(まつまえ) ・・・ 北海道松前藩のこと。従って、北海道(蝦夷)のこと。
〇變替/変替/変換(へんがえ) ・・・ 変更する。また、心変わりする。約束を破る。
〇遠矢(とほや/とおや) ・・・ 矢で遠方の目標を射ること。また、その矢。