『銭形平次捕物控』 「井戸の茶碗」 一 その1。(いどのちゃわん) 著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 「井戸茶碗(いどちゃわん)」は、朝鮮の李朝(りちょう)時代前期に製作された高麗(こうらい)茶碗である。

 朝鮮では手工業(しゅこうぎょう)蔑視(べっし)されており、雑器(ざっき)として全く評価されていなかった当時、日本の茶人(ちゃじん)に好まれた茶碗で、

 「一井戸二(らく)唐津(からつ)」と言われたほどの名器として日本で()()を浴びた。


 「一井戸二楽三唐津」とは、茶の湯茶碗を品定めしてその順位を示したもの。

 「一井戸」は、一位は井戸茶碗。

 「二(らく)」とは、二位は楽焼で、千利休が創案したもの。

 「三唐津(からつ)」 とは、唐津焼のこと。


 これとは別に、国内産のものだけを品評したもので、「一(らく)(はぎ)唐津(からつ)」と言う順位付けもある。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 「フーム」

 要屋(かなめや)隱居(いんきよ)山右衞門(さんえもん)は、芝神明前(しばしんめいまえ)とある夜店の古道具屋の前に突つ立つたきり、(しばら)(うな)つてをりました。

 胸が大海の如く立ち騷いで、ボーツと眼が(かす)みますが、幾度眼を(こす)つて見直しても、正面の汚い(だい)の上に載せた茶碗(ちやわん)が、

運の(わる)い人は一生に一度見る機會(きかい)さへないと言はれた井戸の名器で、しかも夜目ながら、息づくやうな見事さ。

 總體(そうたい)薄枇杷色(うすびわいろ)で、春の(あけぼの)を思はせる(うはぐすり)の流れ、

わけても轆轤目(ろくろめ)雄麗(ゆうれい)さに、要屋山右衞門、我を忘れて眺め入つたのも無理はありません。

 「それは賣物(うりもの)か」

 山右衞門は、恐る恐る訊いてみました。

 どう間違つても、これは大道の夜店などに(さら)し物になる品ではなかつたのです。


【語彙説明】

〇要屋(かなめや) ・・・ 固有名詞。屋号。

〇とある/と或る ・・・ 〘連体〙たまたま行きあった場所や家、または日時などをさしていう。ある。「とある食堂にはいる」「とある夏の日のことである」〔goo辞書〕

〘連体〙 特に意識しないが、たまたま行き合わせた物事であることを示す。偶然目についた、という気持を込め、連体詞「ある」と同じように用いる。ちょっとした。たまたまそこにある。〔精選版 日本国語大辞典〕

〇薄枇杷色(うすびわいろ) ・・・ 枇杷色とはベージュに近い色。それをさらに薄くした色。

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〇轆轤目(ろくろめ) ・・・ 伝統工芸品用語。ろくろを回転させて素地に、指、へら、かんななどで筋状の痕をつけながら、装飾的に仕上げたもの。

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