『銭形平次捕物控』 「遺書の罪」 四 (いしょのつみ) 著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 江戸時代の言葉が連続し、それも隠語なども混じると、さっぱり意味不明、イメージが沸かない。

 だから、最近の時代劇では、町人もお武家も、現代口語で喋る。

 だから、臨場感が薄いんでしょうねえ。

 もし、臨場感を求めるなら、歌舞伎とか文楽を観劇することになるんでしょうか。

 役者には昔言葉で喋らせながら、現代人にも理解できる方法があれば、面白いのになあ。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。

 (いつも通りの平次と八五郎の会話)

 「大層お茂與(もよ)の肩を持つやうだが、お前は昔からあの女を知つてゐるのか」

 「へツ、へツ、ほんの少しばかり」

 「へツ、へツぢやないよ。知つてゐるなら正直に白状して置くが()い。あとで尻が割れるとうるさいぞ」

 平次はきめ付けました。

 「尻なんざ割れつこありませんよ。あつしは何んにも掛り合ひがありませんから」

 「掛り合ひは大袈裟(おほげさ)だな、一體何處(いつたいどこ)から()ひ出した女なんだ。どうせ(ただ)(ねずみ)ぢやあるめえ」

 「御守殿(ごしゆでん)のお茂與を親分知りませんか」

 「何? 御守殿お茂與? あれが御守殿のお茂與の化けたのか、へエー」

 平次が感歎したのも無理はありません。

 御守殿お茂與といふのは一時深川の岡場所で鳴らした(したた)か者で、大名の留守居や、淺黄裏(あさぎうら)工面の良いのを惱ませ一枚(ずり)にまで(うた)はれた名代(みようだい)の女だつたのです。

 「(もつと)も今ぢやすつかり堅氣(かたぎ)になつて、宗方善五郎(むねかたぜんごろう)の奉公人同樣に働いてゐるが、旦那が殺されたと知つて指を(くは)へて引込んぢや居られない。

 御守殿お茂與の一生の仕事じまひ、恩になつた宗方の旦那のために、せめて敵を討つて()()い――と涙を流して頼みましたよ」

 「それでお前が乘出したのか」

 「ヘエーー」

 「へエーーぢやないよ。早くさう言つてくれさへすれば、考へやうもあったのに」

 「だつて宗方善五郎は殺されたには間違ひないでせう」

 「まあ()いや、乘りかゝつた舟だ。(しばら)くお茂與の思ふまゝに踊つてやらう。おや、もう有峰(ありみね)杉之助といふ人の浪宅(ろうたく)ぢやないか」

 平次は八五郎を(かへり)みて戰鬪(せんとう)準備を(うなが)しました。仕事は第二段に入つたのでせう。


【語彙説明】

〇尻(しり)が割(わ)れる ・・・ 悪いたくらみが露見する。秘密がばれる。

〇御守殿(ごしゅでん) ・・・ 江戸時代において、三位以上の大名に嫁いだ徳川将軍家の娘の敬称である。また、その居住する奥御殿を指す。他に、御守殿に仕えた女中とその髪結い、服装などの風俗(御守殿風)をも指す。今回の場合は、「御守殿風の服装や髪形をしたお茂與姐さん」と云う意味であろう。

〇岡場所(おかばしょ) ・・・ 江戸で、官許の吉原以外の私娼(ししょう)街の称。深川・品川・新宿・板橋・千住などが有名。

〇浅黄裏(淺黄裏)/浅葱裏 (あさぎうら) ・・・ 緑がかった薄い藍色(浅葱色)の木綿を使用した着物の裏地のことである。

 江戸時代に国表から江戸表に参勤した野暮な田舎侍や下級武士を揶揄して浅葱裏と言った。

 実用性に富むことから、江戸時代に江戸庶民の間で一時流行した浅葱木綿の着物であったが、流行が廃れても田舎侍や生活が困窮していた下級武士などが羽織の裏地に浅葱木綿を使っていた。

 江戸っ子の粋(いき)とは反対で、表地だけ豪華に見えるが実際は粗末な服という意味の隠語である。

〇工面(くめん)の良い ・・・ 金回りの良いこと。

 「浅黄裏の工面の良いのを」 ・・・ 金回りの良い下級武士のこと。

〇一枚摺(ずり) ・・・ 番付のこと。

 「一枚摺にまで謠(うた)はれた名代の女」 ・・・ 番付表にまで載った看板女のこと。

〇名代(みょうだい) ・・・ ある人の代わりを務めること。また、その人。代理。代理人。

〇浪宅(ろうたく) ・・・ 浪人のすまい。浪士の住む家。浪人屋敷。



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