『銭形平次捕物控』 「遺書の罪」 三 (いしょのつみ) 著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 掛人(かかりうど)は、銭形平次の話によく出て来る言葉だ。

 「他人の家に世話になっている人。居候。食客」の意味だそうだ。

 よく憶えておこう。


【本文】 註:旧かな遣い、正漢字で書かれています。


 甲子(きね)太郎は平次の言葉を(さえ)ぎつて、(もつ)ての(ほか)の首を振るのです。

 有峰杉之助(ありみねすぎのすけ)が評判の良い浪人とは()きましたが、甲子太郎まで()う言はうとは思ひも寄らなかつたのです。

「それぢや他のことを訊くが ―― あのお茂與(もよ)といふ女は、この家の何んだえ。(かか)(うど)のやうでもあり、召使(めしつか)ひのやうでもあり、親類のやうでもあるが ――」

 「―― 親類なんかぢやありません」

 甲子太郎は頑固に首を振りました。ひどくお茂與(もよ)に反感を抱いてゐる樣子です。

 「外に身寄の者は?」

 「何んにもありませんよ。父一人子一人で、あとは奉公人ばかり。親類と言つたところで三代も四代も前の親類で、

少し暮し向きが(わる)くなれば寄りつかなくなる人達です。親父の首の細引を扱帶(しごき)()へても、世の中が無事な方が宜いんでせう」

 甲子太郎の憤激は、當てもなく爆發(ばくはつ)し續けるのです。

 此上(このうえ)甲子太郎の(あご)を取つたところで、大した收獲がありさうもないと見ると、平次は番頭の吉兵衞を呼んで、家中を案内させました。

 吉兵衞は五十男で、世の中を世辭(せぢ)笑ひと妥協で暮して來た男、こん強かな魂の持主かもわかりません。


【語彙説明】

〇掛り人/掛人/懸人(かかりうど) ・・・ 「かかりびと(掛人)」の変化した語。

〇掛人/懸人(かかりびと) ・・・ 他人の家に世話になっている人。居候。食客。かかりゅうど。かかりど。かかりもの。

〇頤を取る/顎を取る(あごをとる) ・・・ 「顎」は、「物言い。おしゃべり」を意味し、「顎を取る」は、「話を聞く」ことと思われる。



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