『銭形平次捕物控』 「兵糧丸秘聞」 一 (ひょうろんがんひぶん) 著:野村胡堂 より一部抜粋


【還暦ジジイの解説】


 現在で言うところの内科医を、昔は「本道」なんて言ったんですねえ。

 外科をはじめ眼科・歯科・鍼灸(しんきゅう)などを一括して「雑科(ざっか)」と呼んでいたらしい。


【本文】

 物に(おび)えた美少年の人柄や様子を見ると、その悩みを取り去ってやりたい心持で一パイになる平次だったのです。

「私は、牛込御納戸町(うしごめおなんどまち)一色道庵(いっしきどうあん)(せがれ)綾之助(あやのすけ)と申します」

 「えッ、それではもしや、父上道庵様が?」

 「ハイ、三人目の行方(ゆきがた)知らずになった本道でございます」

 「それは大変」

 これは平次の方が驚きました。

 一色道庵というのは、町医者こそあれ、その頃の日本中にも聞こえた本草家(ほんぞうか)(今の博物学者)で、和漢薬に通じていることでは、当代並ぶもの無しと言われた名家(めいか)だったのです。


【語彙説明】

〇本道(ほんどう) ・・・ 漢方で、内科のこと。または、内科医のこと。

〇本草家(ほんそうか) ・・・ 本草学を修めた人。中国の薬物学で、薬用とする植物、動物、鉱物につき、その形態、産地、効能などを研究するもの。博物学者(はくぶつがくしゃ)。

 博物学とは、自然に存在するものについて研究する学問。広義には自然科学のすべて。狹義には動物・植物・鉱物など、自然物について収集および分類の学問。

〇名家(めいか) ・・・ 1.名望のある家柄。名門。 2.その道にすぐれた人。名声の高い人。名人。



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