『銭形平次捕物控』 「玉の輿の呪い」 一 (たまのこしののろい) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
「人礫が八方に飛ぶ」って表現は、解り易いですねえ。
シャワーのように人が散らばったんでしょうねえ。
好きだなあ~
「紅に染んだ」も、朗読を聞いて知りました。
しかし、思い返してみると、私の地方では、「染んだ」はよく使っていました。
決して、方言じゃあなかったんですね。
【本文】
「あッ、ヒ、人殺しッ」
宵闇を劈く若い女の声は、雑司ヶ谷の静まり返った空気を、一瞬、煮えこぼれるほど掻き立てました。
「それッ」
鬼子母神の境内から、百姓地まで溢れた、茶店と、田楽屋と、駄菓子屋と、お土産屋は、
一遍に叩き割られたように戸が開いて、声をしるべに、人礫が八方に飛びます。
「お吉じゃないか」
誰かが、路地の口に、ガタガタ顫えている娘の姿を見つけました。
「お菊さんが、お菊さんが――」
お吉の指さす方、ドブ板の上には、向う側の家の戸口から射す灯を浴びて、紅に染んだ、もう一人の娘が倒れているではありませんか。
【語彙説明】
○劈く(つんざく) ・・・ ≪「つみさく」の音変化≫ 勢いよく突き破る。つよく裂き破る。
○人礫(ひとつぶて) ・・・ 人を小石のように軽々と投げること。
「戸が開いて、声をしるべに、人礫が八方に飛びます」は、「戸口から多くの人が出て来て、八方に散った」と云う意味でしょう。
○紅(あけ)に染(し)んだ ・・・ 鮮やかな赤い色に染(そ)まった。〔詳細説明〕