『銭形平次捕物控』 「瓢箪供養」 一 (ひょうたんくよう) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
「弥蔵を抜く」なんて言葉、知りませんでしたねえ~。
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前後の文章で、人名だと勘違いすれば、「前を歩く男を追い抜いたのかなあ」なんて解釈してしまいそうですね。
時代劇でよく見掛ける仕草です。
弥蔵の状態で、前の合わせ目から手を抜けば、肩膚脱ぎになり、遠山の金さんですか(笑)
【本文】
「あ、八じゃねえか。朝から手前を捜していたぜ」
路地の跫音を聞くと、銭形平次は、家の中からこう声をかけました。
「ヘエ、八五郎には違えねえが、どうしてあっしと解ったんで?」
假住居の門口に立ったガラッ八の八五郎は、あわてて弥蔵を抜くと、胡散な鼻のあたりを、ブルンと撫で廻すのでした。
「橋がかりは長えやな、バッタリバッタリ呂律の廻らねえような足取りで歩くのは、江戸中捜したって、八五郎の外にはねえ」
平次は陽溜りにとぐろを巻きながら、相変らず気楽なことを言っているのです。
「ヘッ、呆れたものだ」
「俺の方でも呆れているよ。その跫音の聞えるのを、小半日待っていたんだ」
「用事てのは、何ですかい、親分」
【語彙説明】
○跫音(あしおと) ・・・ あしおと。〔音読み〕きょういん。
○弥蔵(やぞう)を抜(ぬ)く ・・・ ふところ手をして着物の中で握りこぶしをつくり、肩のあたりを突き上げるようにしたさまを「弥蔵」と言う。そのふくろ手を袖から抜いて出すこと。
○呂律(ろれつ) ・・・ ≪「りょりつ」が音変化したもの≫ 物を言うときの調子。言葉の調子。〔詳細説明〕
○小半日(こはんにち) ・・・ (「こ」は接頭語) ほとんど半日近くの間。ほぼ半日。