『銭形平次捕物控』 「南蛮仏」 一 (なんばんぼとけ) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
野村胡堂の表現は、独特ですねえ。
今回は、「路地一パイの大きな顔」です。
これは前後の文章を読まないと、意味が理解できませんが、上手いもんですねえ~
岡っ引きの清吉が、十手を翳して、殺人現場で大きな顔をし、野次馬を押さえている場面です。
【本文】
(一)
屑屋の周助が殺されました。
佐久間町の裏、ゴミ溜のような棟割長屋の奥で、魚のように切られて死んでいるのを、
翌る朝になってから、隣に住んでいる、蝮の銅六という緡売りの、
いかさま博奕を渡世のようにしている男が見付け、町内の大騒動になったのです。
ガラッ八の八五郎は、平次の指図でとにもかくにも飛んで行きました。
「八兄哥、もう遅いよ、下手人は挙がったぜ」
それを迎えて、路地一パイの大きな顔を見せるのは、お神楽の清吉です。
「ヘエー、そいつは手廻しがよかったね」
ムッと来たのを顔にも出さずに、この縄張荒らしに微笑をさえ見せるように、近頃の八五郎は鍛錬されていました。
が、その微笑の苦渋な歪みは、八五郎の意志ではどうすることも出来ません。
【語彙説明】
〇棟割長屋(むねわりながや)・・・ 棟に沿い背割りした長屋のこと。
路地裏の裏長屋は、間口9尺(約2.7m)、奥行2間(約3.6m)、広さ1坪半(約5㎡)の零細住宅で、壁は隣家と共用。
長屋の前の排水溝の蓋(ふた)が通路になり、突き当たりに共用の便所、井戸、ゴミ溜が置かれた。
〇緡売り(さしうり)・・・ 江戸時代、銭緡 を売り歩いた人。
武家の中間などが内職として作り、押売りをすることが多かった。転じて、押売りのこと。
〇銭緡 (ぜにさし)・・・ 穴あき銭をまとめておくための、わらや麻のひも。さし。ぜになわ。
〇八兄哥(はちあにい)・・・「八五郎の兄貴」の略。
「兄哥」は「あにい」だけでなく「あにき」「にい」とも読む。