『銭形平次捕物控』「金蔵の行方」 五 (きんぞうのゆくえ) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
「占(し)めた!」なんて、幼い頃から良く聞いたフレーズである。
まさか、こんな漢字で書くとは、想像してなかった。
勉強になりますねえ~(笑)
【本文】
平次と八五郎は、真っ直ぐに総泉寺へ行きましたが、なんの変ったこともありません。
「金蔵はここへは来ませんよ、親分」
「見当が違ったようだ。新鳥越の菱屋の屋敷跡へ行ってみようか」
「・・・」
そこからは、ほんの一丁場です。
三年前まで、万両分限の栄華を誇った菱屋の跡は、取壊した跡の礎と、少しばかりの板塀を残すだけ。
繁るがままの秋草ですが、それでも気をつけて見ると、人間の通ったらしい跡が、ほんの少しばかり草が踏みつけられております。
「おや?」
先に立ったガラッ八が指さしました。
草叢の中に一箇所、真新しい土が掘り返されて、その上へ、幾つかの石を載せたところがあるのです。
「八、鍬でも鋤でもいいから借りて来てくれ」
「掘るんですか」
「ウム、何が出るか解らないが」
八五郎は飛んで行って、二梃の鍬を借りて来ました。
幸い板塀が有って往来の人には見えませんが、それでも、石を起して穴を掘るのは、あまり楽な仕事ではありません。
まず最初に出てきたのは、一梃の鍬。
それから四半刻ばかりの後、
「占めたッ」
八五郎は歓声をあげました。
土の間から、着物の一端が現れたのです。
間もなく二梃の鍬は、腐爛してしまった男の死骸を一つ掘り出しました。
町役人を呼んで、丸屋に使いをやると、お留と要吉が飛んできます。
一と目、
「あ、旦那だ」
お留は、顫え上がりました。
「間違いはないな」
と平次。
「たしかに旦那ですよ」
要吉は言葉を添えます。
死骸を穴から引揚げてみると、後ろから脳天をやられたらしく、髷節のあたりに大きな傷がついているのです。
「自分の持出した鍬で穴を掘って、その鍬で打たれて死んで、その鍬で穴を埋めて・・・」
平次は独り言ともなく、そんなことを呟いております。
「変な紙片がありますよ、親分」
【語彙説明】
〇総泉寺(そうせんじ) ・・・ 東京都板橋区にある曹洞宗系の単立寺院。山号は妙亀山。本尊は釈迦如来。
〇丁場(ちょうば) ・・・ 宿場と宿場との距離。また、ある区間の距離。
〇四半刻(しはんとき) ・・・ 三十分のこと。
〇占(し)めた ・・・ [感]《動詞「し(占)める」の連用形+完了の助動詞「た」から》期待どおりうまくいって喜ぶときに発する語。しめしめ。「―、うまくいったぞ」
〇梃(ちょう) ・・・ 1.農具・銃など長い物を数える語。「挺(ちょう)」とも書く。 2.てこ。重いものを動かすための棒。 3.つえ。棒。
〇髷節(まげぶし) ・・・ 男の髷の元結で束ねた所。まげっぷし。
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