『銭形平次捕物控』「金蔵の行方」 三 (きんぞうのゆくえ) 著:野村胡堂 より一部抜粋
【還暦ジジイの解説】
東京の千住(ぜんじゅ)を「こつ」とも呼んだらしい。
由来は、諸説あるらしいが、隠語でしょうねえ。
何でも直接呼ぶことを嫌ったり、恥じたり、或いは、粋(いき)に感じたりする文化がある。
それは、日本全体なのか、江戸っ子だけなのか。
短く略したり、因んだもので呼んだり。
例えば、歌舞伎役者の名を「成田屋!」なんて屋号で呼ぶのもその一つでしょうねえ。
【本文】
一刻ばかりの努力で、ようやく見付けた利八は、平次が予想したのとは、まるっきり違ったタイプの男でした。
華奢で、ちょいと良い男で、猫のように物静かで。
「丸屋の金蔵の行方を知ってるかい」
川岸っぷちに踞んで、平次は頭から浴びせました。
「親分、あっし(私)は何にも知りませんよ」
「八月の十七日の晩はどこにいたんだ」
「馬道の三五郎親分のところにいましたよ。すっからかんに叩いて、夜が明けてから這々の体で帰ったのを皆んな知っていまさア」
「夜が明けてからか」
「へエ、・・・卯刻(六時)にならなきゃ、表戸を開けてくれませんよ。三五郎親分のところは、それが仕来りなんで」
そう言われると一句もありません。
「お茂は近ごろ甘い顔をしないそうだな」
「お嬢様くずれで、あの女は手におえませんよ。面は綺麗だが、恐ろしい機嫌買いで、こちとらの手綱じゃ動きゃしません」
「で、殺すとか言ってるそうだな」
「一時はカーッとしましたが、今じゃけえって(却って)いい塩梅だと思っていますよ。
近頃は親分の前だがもっと素直なのができましたよ、へッ、へッ」
話はまんざら嘘らしくもありません。
「その素直なのは誰だい」
「千住の大橋屋の浜夕てんで、お目にかけたいぐらいのもので。へッ、御免下さい、親分さん」
利八はそう言って、ヒョイとお辞儀をしました。
道楽者によくある、ちょっと憎めない男振りです。
平次は黙って背を見せます。
【語彙説明】
〇行方(ゆくえ/ゆきがた/ゆくかた/いきがた) ・・・
めあてとして進み行く方向。向かうべき先。また、行った先。前途。ゆく先。ゆくて。
「ゆくえ」の場合、「行衛」ともあてる。
〇叩(はた)く ・・・ 持っている金を使い尽くす。
〇這這の体(ほうほうのてい) ・・・
今にもはい出さんばかりのようす。ひどく恥をかいたり、さんざんな目にあったりして、あわててその場を逃げ出すようす。
〇千住(せんじゅ/こつ) ・・・ 東京都足立区の町名。
江戸時代は奥州街道最初の宿場町として、遊女も多く繁栄した。現在は商工業の中心地。
「千寿」「千手」とも書いた。
「こつ」とも呼ぶ由来は、諸説ある。
「小塚原(こつかっぱら)を略した」とする説。
「小塚原刑場では火葬ではなく土葬したため人骨がむき出しだったから」とする説。