『銭形平次捕物控』「お篠姉妹」 (おしのしまい) 著:野村胡堂 より一部抜粋

【還暦ジジイの解説】


 江戸時代の岡っ引は、真昼間から酒の匂いを漂わせ、十手を肩に、大店(おおだな)から小遣いを強請(せび)る。

 銭形平次は、二枚目で清廉潔白。袖の下(賄賂)なんて、大嫌い。

 だから、貧乏だったんですね。

 女房のお静は、質屋通い。

 見倣って、袖の下を嫌う八五郎。

 今回は、それを描いた一場面です。


 これと正反対なのが、久生十蘭(ひさおじゅうらん)描く「顎十郎(あごじゅうろう)」。

 馬面に、長い顎。美男とは程遠く。

 決った商人(あきんど)から、十両単位で小遣いを融通して貰う。

 だってね、手下を使うにも、聞き込みをするにも、銭が要るんです。

 捜査費用ってやつですよね。

 私の様な還暦になると、顎十郎の方が、しっくり胃の腑に落ちます。

 ははは

 しかし、それにしても、日本人って、清廉潔白フェアープレーが好きなんですねえ。

 例えば、「メザシの土光」と言われた土光敏夫氏なんか、そうですね。


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【本文】


 「あばよ、お篠」

 「あ、ちょいと、八五郎親分」

 「何だい」

 「怒っちゃ嫌よ、親分、・・・これはほんの私のお礼心、取って下さるわねエ」

 お篠は八五郎に寄り添うように、紙に包んだものを、そっとその(たもと)に落し込むのです。

 「何をするんだ」

 あわてて取出すと、紙が破れて、落ち散る小判が三枚・・・五枚。

 「あれ、八五郎親分」

 「冗談じゃあねエ」

 八五郎は手に殘る小判を(きたな)いもののように叩き付けると、怫然(ふつぜん)として(そびら)を見せました。

 「まア、親分」

 お篠はこの世の奇蹟を見るような心持で、立ちつくしました。

 長い間水茶屋(みずぢゃや)に奉公して、(はり)意氣地(いきぢ)心得たつもりのお篠ですが、

 (やす)岡つ引が袖の下を取らないなんといふことは、想像もしても見たことがなかつたのです。


【語彙説明】

〇怫然/艴然(ふつぜん) ・・・ 怒りが顔に出るさま。むっとするさま。

〇背(そびら) ・・・ 「背 (そ) 平 (ひら) 」の意。せ。せなか。

〇張(はり) ・・・ 物事を行なおうとする意欲。物事をする甲斐(かい)。張合い。

〇意氣地(いきぢ/いくじ) ・・・ 自分自身や他人に対する面目から、自分の意志をあくまで通そうとする気構え。意地。いくじ。



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