『詩経』 国風 「斉風」 猗嗟 (しきょう こくふう さいふう いさ) 作者不詳
【還暦ジジイの呟き】
永井荷風の『下谷叢話』に「四矢反セズ」という文があって、この詩に辿り着いた。
「四矢」は、射儀に用いる四本の矢の意。
「反」は、四本の矢が皆同じところに復るの意、つまり四矢が重なり合って的中することをいう。
『下谷叢話』では、「四矢反セズト雖モイマダカツテ的ヲ出デズ」と書かれている。
意味は、(矢を射る腕前は)四本の矢が全て同じところに重なるほどではないが、(一尺二寸〔36cm〕の)的を外す様なことは無い。
【現代口語文】
詩の題名: 猗嗟(音読:イサ 訓読:ああ) 作者不詳
なんとも立派だ。身の丈はすらりと高く、
美しい広い額は際立ち、美しい目もとは(涼しげにパチリと)開き、
小走りの姿も好く、弓引くも(また)上手なことよ。
なんとも立派だ。美しい目もとは清らかで、
射儀の姿も整い備わり、終日侯を射るが、
的をはずれない。まことに我が甥よ。
なんとも立派だ。目は清らかで美しく、
舞っては(その姿よく)整い、弓射ては的をはずさず、
四矢はみごとに重なる。国の乱れを禦ぐに足る頼もしい人よ。
【真意】
この詩を一読すればただ射儀の秀でていることを賛美しているだけである。
しかし、言外に譏刺(遠回しに非難すること)の意が含まれている。
斉の僖公の娘(文姜)と息子(襄公)の異母兄妹は、近親相姦の関係にあった。
文姜は魯の桓公に嫁ぎ、荘公を産んだあとも、襄公と通じて、しばしば斉に帰って密会していた。
それを息子の荘公が防ぎ止められなかった、そのことを刺った、というものだ。
ええ~っ!?
息子が悪い?止められなかったことが悪い?
この近親相姦劇は、春秋時代の大スキャンダルで、夫である桓公の暗殺劇へと発展した。
まあ、なんと情けない。
国が傾く原因が、戦争ではなく、近親相姦とはねえ。
【読み下し文】 註:歴史的かな遣い、正漢字
猗嗟
猗嗟 昌んなり 頎而として長く
抑若として揚なり 美目 揚き
巧趨 蹌たり 射ること則れ臧し
猗嗟 名んなり 美目 清なり
儀 既れ成ひ 終日 侯を射るに
正を出でず 展に我が甥なり
猗嗟 孌きなり 清揚 婉しく
舞ひては則れ選ひ 射ては則れ貫き
四矢反る 以て亂を禦ぐ
【原文】
猗 嗟
猗嗟昌兮 頎而長兮
抑若揚兮 美目揚兮
巧趨蹌兮 射則臧兮
猗嗟名兮 美目清兮
儀既成兮 終日射侯
不出正兮 展我甥兮
猗嗟孌兮 清揚婉兮
舞則選兮 射則貫兮
四矢反兮 以禦亂兮
【語彙説明】 註:()カッコ内は、出典。
○猗嗟 ・・・ なんとも、さてもの意。
〇昌 ・・・ 盛んで若々しく強壮なさま。つまり。立派なさまのこと。
〇兮 ・・・ リズムを整える語助詞。
○頎而長兮 ・・・ 「頎」は、身のたけの高いさま。「長」は、すらりとして背が高いの意。
○抑若揚兮 ・・・ 「抑若」は、美しいの意。「若」は、「而」と同じで形容の語助詞。「抑而・抑然」と同じ。「揚」は、広い額が際立って見えるの意。額は広いのが美しくよい顔立ちとされ、狹いのは下品とされた。孔穎達は広い額の別名とする。高亨は気力が高揚(充実)するとする。屈万里は。この句は弓を射ることをいい、「抑」は抑える。「揚」は挙げるの意。
○美目揚兮 ・・・ 「美目」は、美しい目もとの意。「揚」は、目を開くさまの意。
○巧趨蹌兮 ・・・ 射儀(弓を射る儀礼)の際の容儀の好いこと。「巧」は、好いの意。「趨」は、小走りに疾く歩くの意。一本に、「巧趍」に作る。「蹌」は、趨る貌の整っているさまの意。
○射則臧兮 ・・・ 「射」は、射儀の時に弓を射るの意。「則」は、「其」と同義。「臧」は、礼にかなって善いの意。
○猗嗟名兮 ・・・ 「名」は「明」と通用し、さかんなことの意。第一章の「昌」と同じく、立派なさまのこと。顔色が明るく清らかの意。
○儀既成兮 ・・・ 「儀」は、容儀の意。儀礼(射儀のこと)の時の姿かたちをいう。「既」は、「其」と同義。「成」は、礼に違わず整い備わっているの意。非のうちどころがなく立派なこと。
○終日射侯 ・・・ 「侯」は、射綟の時、布(または皮革)を張って弓を射る的とするもの。
○不出正兮 ・・・ 「不出」は、的をはずれて外に出ない、的中するの意。「正」は、布を張った的の中心部に二尺四方のしるしを画いたところ。中心の図星に中(あ)たる。
○展我甥兮 ・・・ 「展」は、誠に、の意。「甥」は、親愛の意を示す語。白川静の「『毛伝』は、桓公の子荘公が実は文姜が生んだ襄公の子であることを『わが甥』という語で暗示したものだという。詩に見える伯や叔、甥などはみな親愛の意を示す語で、必ずしも実際の親族関係をいうものではない、という説もある。
○猗嗟孌兮 ・・・ 「孌」は、立派なさま。
○清揚婉兮 ・・・ 「清揚」は、目が清らかで明らかの意。つまり、目にけがれやにごりがないこと。「婉」は、美しいの意。
○舞明選兮 ・・・ 「舞」は、射儀に弓矢を取って舞うの意。「選」は、弓矢を以て舞うことが、よく音楽の節奏に合っているの意。
○射則貫兮 ・・・ 「貫」は、「侯」の的の中心を貫くの意。
○四矢反兮 ・・・ 「四矢」は、射儀に用いる四本の矢の意。「反」は、四本の矢が皆同じところに復るの意、つまり四矢が重なり合って的中することをいう。
鄭箋の「反は復るなり。礼射は三たびして止む。射る毎に四矢、皆其の故処を得。此を之れ復と謂ふ。射は必ず四矢とは、其の能く四方の乱を禦ぐに象る」。
屈万里の「反は復なり。四矢皆重複して一処より出づるを謂ふ」による。
林義光は的に中たった矢を抜して、復射る、これを四回くり返しても四矢がすべて同じところに中たるとする。
○以禦乱兮 ・・・ 国の乱れを禦ぐに足る頼もしい大よ、の意。
【参照文献】
『新釈漢文大系110 詩経 上』 明治書院 1997年(平成9年)10月1日発行