曹操は、なぜ空の重箱を贈ったのか?  第三話の追記


ここからは、()が親友との酒の(あて)に取って置いたネタである。

この話だけで、3時間は酒が呑める。

嗚呼(ああ)!早く呑みに行きたい!(笑)



智謀・荀彧(じゅんいく)は、多くの功績をたてたが、晩年、曹操との間に亀裂(きれつ)が生じ、

曹操の批判を公然とした。

曹操は、病に伏せる荀彧へ中身の(から)っぽの重箱
を贈った。



  



それを受け取った荀彧は、後日、自刃(じじん)して果てた。

と昨日、書いた。



(さて)、曹操は、なぜ重箱に何も()れなかったのか?

考えてみよう。


もし、荀彧が空っぽの重箱を曹操に投げつけ、失礼を(とが)めれば、曹操は何と返答したであろうか?


曹操は、「此奴(こやつ)がくすねたのだ!」と従僕(じゅうぼく)()り押さえ、荀彧の前に(ひざまづ)かせたであろう。

勿論(もちろん)、従僕は盗んでなんかいない。

従僕は荀彧に無実を訴え、命乞(いのちご)いする。

それを十二分にさせた上で、曹操は頸を刎ねるであろう。


従僕を助けようと「果物は入っていた」と、前言を(ひるがえ)せば、今度は荀彧が斬首される。

荀彧は、殺されることなど恐れてはいない。

しかし、怒鳴り込んだにも拘らず尻尾を巻いたことになる。

それは、荀彧ともあろう智慧者としては、悔しい。


となると、(から)の重箱を文句を言わず、黙って受取るしかない。


次に、なぜ、曹操は、果物を贈ろうとしたのか?

これは、古代からの常套手段。

権力者が政敵に食べ物を贈るのときは、毒を塗っているのだ。

だから、荀彧は、果物が入っていれば、当然、口にしない。

しかし、後日、曹操からお礼の言葉を求められ、果物の味を()かれる。

心にも無いお礼を述べるのは(しゃく)(さわ)るし、食べてもない味を語れない。

食べていないなどと放言すれば、他人(ひと)の好意を無にするのか、と責められる。

よって、返答に窮する。

そう考えると、毒を塗った果物を()れなかったことに曹操の恩情があったことになる。



  古代チャイナの死刑や殺し方で、権力者の恨みが大きい順番に記せば、

   1位は「車裂きの刑」だろう。
   2位は斬首。
   この2つは、皆の観ている前で行うので、公開処刑である。
   3位が、密かに殺す「毒殺」。
   そして、4位が、功績があった者に対する恩情で自刃を迫る。

  ではないか、と思う。



曹操としては、長年信頼し、貢献してくれた荀彧に感謝している。

しかし、自分曹操の考えに同意できないにしても、公然と批判までしなくても良かろう。

静かに引退してくれれば、花道を飾り、篤く報いたのに・・・

なぜ、今になって、ここまで逆らうのか?


荀彧は、空っぽの重箱を見て曹操の前述の心意を汲み取った。

荀彧は、「車裂きの刑」なんぞ覚悟の上であった。

しかし、これ以上逆らえば、他に類が及ぶ。それは避けたい。

まあ、大体から、この機智に富んだ贈り物が、色々な感情を超えて面白い。気に入った。

よって、荀彧は、大笑し、自ら命を断った。



【解説】

 正史(せいし)では、曹操が孫権討伐に軍を発したときの途上、荀彧は、五十歳で病没したとあるらしい。

 だが、稗史(はいし)では曹操に自刃(じじん)を迫られたとある。今回は後者の説で考えた。



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