ちょっと一服  その54 私の姉   



十数年前、夫婦で伊豆の温泉へ一泊二日の旅行をした。

帰りに熱海の駅前で寿司を食べたのだが、実に美味しかった。


一ト月後、久方振りに両親の家で姉と会った。

姉は、外見はシュッとした美人なのだが、中身は完全に関西のおばちゃん。


姉に、前述の話をした。

しかし、トロンとした目をして、上の空。


私は、はは~ん、と、北叟笑(ほくそえ)んで、追い討ちをかけた。


いや~、先々週は草津温泉に行って来てな。

エエ(良い)湯やったわ~、へへへ(笑)

先週は、有馬温泉やったかな。

近くやから、意外と行かへんやろ。

そう思てな、行ったんや、へへへ(笑)


姉は、もう堪らんとばかり、横に居る旦那に、

「私らも行こうなあ~」

強請(ねだ)った。


ふふふふ、思った通り!


頃は良し、

「昨日も温泉入ったんや。カネボウの『温泉の宿』、あれはエエ(良い)なあ~」

と種明かしをした。


すると、姉の目は、みるみる大きく見開いて、下唇を噛んで、半分笑いながら、

「アンタ!ええかげんにしいや!」

と、怒鳴った。

私は、大笑い。


羨ましいと思う嫉妬と、実は噓だったと知ったときの安堵と。

それを見透かされて操られたことへの怒りと笑い。

二つの感情が衝突した、あの姉の表情は、忘れられない。

あははは


そんな面白い姉が、癌で亡くなって、九年経ちます。早いものですねえ。

あの世で再会したら、どんな話で、(だま)してやろうとかと楽しみにしています。



【追記】

伊豆温泉へ行ったのは本当の話で、草津温泉や有馬温泉の話は、嘘。

伊豆からの帰りに寄った熱海。

丁度その日の夜、俳優の石立鉄男さんが亡くなっていたんです。

石立さんは、熱海に住んでいたんだそうです。

翌日のテレビで知って、妻と二人で、顔を見合わせました。


そんな事実も交えて姉に話したので、姉は、すっかり信じてしまったんですね。

あはははは


 次の文   前の文   索引    TOP‐s